ほけきょでにょろん。
週末とはいえ比較的イヤな日であった。しかし晩には四十年前にお世話になった方々としゃぶしゃぶ食った。美味かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
斉の宣王(在位前319〜301)は魏を攻めようと考えた。
すると、淳于髠(じゅんうこん)が面会を求めてきた。
「おもしろいことを聴いたので、王にお教えしようとまいりました」
「ほう」
「お城の郊外に、韓子盧(かんしろ)というイヌと東郭逡(とうかくしゅん)というウサギがおるのでございます」
「ほう」
韓子盧者天下疾犬也。東郭逡者海内之狡兎也。
韓子盧なるものは天下の疾犬なり。東郭逡なるものは海内の狡兎なり。
「この韓子盧というのは、世界レベルで足の速いイヌなんです。これに対して、東郭逡というのは、これがまたチャイナ大陸で指折りのずる賢いウサギらしいんです」
「ほう」
「わたくし、郊外までこの二者を見に行きましたが、なかなか見つからない。農夫を見つけて
―――韓子盧と東郭逡はどこにいるかな?
と訊ねてみました。
すると、農夫が「あそこにおります」と指さしてくれた。「あそこか」とその方を見ましたが、何も見えない。
―――何もいないではないか。
と叱りますと「あちらに」というので今度はそちらを見ましたが、やはり何も見えない。
―――何もいないではないか。
とまた叱りますと「あなたが振り向くのが遅すぎるのです。ほら、あそこに」と言う方を大急ぎで見ると、何やらイヌのしっぽらしいものがちらっと見えた。
―――しっぽだけだぞ。
と文句を言いますと、「まだ遅いのです、ほら、あち・・・」、わたくしは村人が指をさす前に首をひねって見ましたところ、ようやく
韓子盧逐東郭逡。
韓子盧、東郭逡を逐(お)えり。
イヌの韓子盧がウサギの東郭逡を追いかけているのが一瞬見えました。
あまりにも速度が速すぎて、この二者は、瞬時に視野から移動してしまうのです。
かれらは、
環山者三、騰山者五。
山を環(めぐ)ること三たび、山に騰がること五たび。
ぐるぐると山の回りを三回回り、今度は山に登ったり下りたりを五回繰り返して追いかけあいました。
さすがは天下の疾犬と海内の狡兎、その速度は互角で、差はなかなか縮まらない。
やがて、
兎極於前、犬廃於後、犬兎倶罷、各死其処。
兎は前に極まり、犬は後ろに廃(たお)れ、犬・兎ともに罷(つか)れておのおのその処に死せり。
ウサギは前を走っているうちに動かなくなった。イヌは後ろから追いかけながら倒れてしまった。イヌもウサギもどちらも疲労しきって、それぞれそこで死んでしまったのです。
すると、
「うっしっし」
と、
田夫見之、無労勌之苦、而擅其功。
田夫これを見て、労勌(ろうけん)の苦無くしてその功を擅(ほしいまま)にせり。
農夫はこれを見て、何の労力も使わずに、ほしいままにイヌとウサギという獲物を得たのでございます」
「ほほう。それはうまくやりおったなあ」
斉王は頷いた。
「まったくでございます。ところで、
今斉魏久相持、以頓其兵、弊其衆。臣恐強秦大楚承其後、有田父之功。
今、斉・魏久しく相持し、以てその兵を頓(くる)しめ、その衆を弊(つか)らす。臣恐る、強秦・大楚のその後を承け、田父の功有ることを。
現在、我が斉と魏の国は長い間対立し、お互いの兵士らを苦しめ、国民を疲弊させてきておりますなあ。やつがれが心配なのは、強大な秦や楚が、我らの争いの結果を見届けて、かの農夫のようにほしいままに獲物を得るのではないか、ということでございます」
「むむむ・・・」
ここにおいて、
斉王懼、謝将休士也。
斉王懼れ、将を謝し、士を休(や)めたり。
斉王はびびってしまい、依頼していた将軍に断りを入れ、兵士らを解散させた。
のでございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「戦国策」巻四・斉上より。淳于髠の活躍はこちらやこちらもご参照ください。淳于髠が魏のスパイということは無いと思います。
今日は、イヌとウサギの話がみなさんの人生に役立つかも知れんと思ってご紹介してみました。天下の大野党と海内の大官庁が争って、田夫の功を得るのは誰なのか・・・みたいなことの比喩では全然ありませんからね。