たいふうに立ち向かうサル。社会の厳しさに翻弄されるおいらのようでもある。こんな無謀なたたかいは止めよう。
今日は台風が来ているらしいんです。もう箱根の山のあたりまで来ているんではないかと思うのですが、今のところ風はあまりありません。沖縄で経験した台風は、島嶼とて遮るものもないので風がすさまじかった。もし海上で台風に出会ったら、想像を絶するコワさであろう。
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明の萬暦年間(1573〜1620)のことだそうですが、項応祥というひと、琉球冊封使(琉球王の代替わりの際に遣わされる使者)に加わって琉球に赴いた。
事竣而還、中途遇颶風卒至、駭浪滔天。
事竣(おわ)りて還るに、中途にして颶風のついに至り、駭浪の天に滔(みな)ぎるに遇う。
用務を終えて帰りの航海の途中、台風がやってきて、巨大な波が天に届くばかりに逆巻くのに出会ってしまった。
おりから夜の闇の中、船頭たちは必死に働いたが、ついに
どかーん!
「うひゃあー」
楼船触砕於海岸、官吏沈溺、珍宝散亡。
楼船海岸に触砕して、官吏沈溺し、珍宝散亡せり。
艦橋を持った船は岸壁に触れて砕け、役人も補佐員も溺れ沈み、貢物の珍しい宝の数々も散らばって消えていった。
その中で、項応祥と随行医師の何目暁という者のふたりだけが、
附一破船板浮於水上、順流而東。
一の破れし船板の水上に浮かぶに附きて、流れに順いて東す。
壊れた船の一枚の板が水上に浮かんでいるのにしがみついて、水流のままにどうやら東の方向へと流れていた。
生死の境にあって、二人の目には一晩中、
常有一燈在前導引、不離二十歩外。
常に一灯の前に在りて導引し、二十歩外を離れず。
ずっと一つのあかりが二十歩も離れないところに、ぽ、と浮かんでいて、板を導き引くのが見えていた。
やがて、
其板随灯漂去、疾如風行、俄而著岸。暗中若有人引之登者。
その板、灯に随いて漂去し、疾きこと風の行くが如く、俄かにして著岸す。暗中に人のこれを引きて登らする者有るがごとし。
その板は、灯火に従ってただよううちに、風のように速くなって、やがて岸辺についた。這い上がる体力も残っていなかったが、闇の中、誰かが岸に引っ張り上げてくれたような感じがした。
(・・・あれ?)
そのとき、なんともいえずにいい香りがしたそうである。女性の袖に焚き籠めたお香のようなにおい・・・。
海上をずっと導いてきてくれた灯りを見ると、崖の上の方にぼんやりと光っていて、
此火光、穿古廟中而滅。
この火光、古廟中を穿ちて滅す。
その火の玉は、古いお堂の中に入って消えてしまった。
ようやく夜が明け、雨風も弱まってきたころ、二人はそのお堂までたどりついた。
お堂には老いた堂守りがいて、二人の姿に驚くふうも無く、すでに湯を沸かしてお粥を炊いてくれていた。
あたたかいお粥を啜りながら、お堂の扁額を見上げると、
乃是福建海口天妃娘娘香火。
すなわちこれ、福建海口の天妃娘娘(てんぴにゃんにゃん)の香火なり。
すなわちここは、福建の港口の航海神・天妃娘娘さまのお堂であったのだ。
堂守が言うには、
「ここの灯火は一年中絶やさぬことになっております」
と。
「ところが昨夜のような嵐の晩になると、灯火がおのずと海上に出て行き、難破した船の乗り組み員を助けに行くのでございます。ゆうべは夜半から灯火が見えなくなっておりましたので、どこかに遭難している船があって娘娘さまが救助に向かっているのだとわかりましたから、夜明け前からお湯を沸かして、あなたがたをお待ちしていたのでございます」
始悟其霊応焉。
始めてその霊応なることを悟れり。
そこでようやく、二人が救われたのは天妃娘娘のあらたかな神威のおかげであったと確信したのである。
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明・銭希言「獪園」巻十一「天妃娘娘」。項応祥はこのことを朝廷に具さに報告し、その内容は畏きところのお耳にも達して、その方面の御感も斜めならず。これ以降、当時福建あたりの船乗りたちに篤く信仰されていた天妃娘娘さまは、国家的に祀られるようになったのでございます。
・・・ところで「あらたか」でしたっけ? 「あらかた」だっけ? 「ななめ」だっけ? 「なのめ」だっけ? わかんなくなってきたぞ。