サッポロラーメン食って元気になるおー。
一週間終わりました。ようし、オトナのふりは止めてコドモに戻りますぞよ。
ぼよよ〜ん。
・・・うっしっしー。週末なので元気の出るようなお話読みたいなー。
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むかしむかし・・・明の時代のことだそうでございますが、応天顧が地方の学校の状況を監察する督学として、長江中流、黄鶴楼で有名な襄陽の府学に赴いたときのこと、帳簿を調べていて、
一諸生屡試不赴。
一諸生、屡(しば)しば試むるも赴かず。
一人の学生が、籍を置いたまま、何度も試験に呼び出されても出てきていない。
のに気がついた。
そこでたいへん怒って、こいつを呼び出した。
呼び出された学生は恐縮して、翌日すぐに出頭した―――。
この人、
身大十数囲。
身大にして十数囲あり。
たいへん太っていて、腹の回りは1メートル何十センチもある。
「一囲」という単位については、こちらを参照。
歩けないので、
以十六人肩輿而来。
十六人を以て肩輿して来たる。
十六人担ぎの輿に乗ってやってきた。
季節はこのとき真夏の暑い盛りであったので、途中で暑さに当たってしまい、しかたないので
令家僮八人掖、上黄鶴楼納涼。
家僮八人をして掖(たす)けしめて黄鶴楼に納涼に上らんとす。
八人の下男に命じて助けさせて、黄鶴楼に上って涼んでいこうとした。
ちょうどその時、応天顧も黄鶴楼にやってきた。
「督学さまのお成り―――!」
と先駆けが喚ばわったので、
「あわわ」
と
八人趨避。
八人は趨りて避く。
下男八人は大急ぎでその通り道から退いた。
助けの八人がいなくなった学生はその場に倒れこんでしまい、
不能起、惟以両手叉地叩頭請罪。
起つことあたわず、ただ両手を以て地に叉して、叩頭して罪を請う。
立ち上がることできず、ただ両手を地面につけて重ね合わせ、頭を下げて「お、お許しを」と謝罪するばかりであった。
応天顧はたいへん太ったオトコが自分に向かって礼をしているのを見て、
「なんだ、こいつは?」
といぶかしがり、問い詰めて、ついに自分が呼び出した学生であったと知った。
「なるほどなあ。それにしても・・・ぶふふっ」
応はつい吹き出してしまい、後で自分の宿舎に来るように命じたのであった。
後ほど、宿舎で面会したが、
以八人掖之、不能拝起、惟側立一拱。
八人を以てこれを掖(たす)くるも拝起するあたわず、ただ側立して一拱するのみ。
八人で助けさせても立ったり座ったりして拝礼することなどできず、ただ側に立ったままで手を組んであいさつするばかりであった。
応は笑いながら、
給冠帯栄身焉。
冠帯を給して栄身せしむ。
冠と帯を特別に給与して栄誉を与えてやった。
授業や試験に出てこなくてもいい特待生に認定してもらったのだ。
さて、本人の言うところでは、
十六七時挙一子後、即屏室家、並目不見足者十六年。
十六七時に一子を挙げし後、即ち室家を屏し、並びに目の足を見ざるもの十六年なり。
十六か七のころに一人息子を作りましたが、それ以降は太って身動きができず、家の中に閉じこもってしまい、その上(腹が邪魔をして)自分の足が見えなくなってしまって、十六年になりまする。
ということであった。
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清・鄭仲夔「冷賞」巻二より。ということは三十二〜三歳でちゅか。まだお若いでちゅなあ。しかし元気の出るお話ではないなあ。