平成26年4月28日(月)  目次へ  前回に戻る

 

今日はしごとイヤになってきて、もうだめだ、明日会社に行けない・・・と思ったら明日は休日。一日得したような損したような気分である。

「そんなことブツブツ言っているぐらいなら、休日出勤してマジメにやれーー!」

と言いたくなるひともあるかも知れませんが・・・。

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南宋の末ごろのこと。

浙江・華亭の夏椿というひとの家に、

蓄一亀。尾有十三支、云是一千年生一支。

一亀を蓄う。尾に十三支あり、云う、これ一千年にして一支を生ず、と。

一匹のカメが飼われていた。このカメ、尾が十三に枝分かれしているという珍しいカメであったが、その家に伝わるところでは、このカメの尾は一千年に一本の枝分かれを生じるのである、と。

つまり、一万三千年ぐらい生きているのである、というのだ。(これよりさらに一千年以上年配→一万歳亀

夏家ではこれをたいせつにし、

毎歳冬作一木匣、以攘草屑韞蔵之、凡若干年。

毎歳冬、一木匣を作りて、以て草屑を攘(はら)いてこれを韞蔵(おんぞう)すること、およそ若干年なり。

「韞蔵」はしまいこんでおくこと。

毎年、冬になってカメが冬眠するころになると、木の箱を作り、その底に草きれを敷いてカメを置き、たいせつにしまいこむのである。

かくのごとくして、何年も経った。

一歳将亀蔵、亀眼出涙。

一歳、亀を将いて蔵せんとするに、亀眼涙を出だせり。

ある歳、いつもと同じようにカメを箱に仕舞おうとすると、カメが目から涙を流していたのであった。

カメも一万年を経ればおのれの運命さえ知ることができるようになるのかも知れない。

この歳の冬はたいへん寒く、火を絶やさないようにしていたところ、その火が燃え移って家を焼いてしまった。

この火のせいでカメを入れた箱も燃え、

亀亦死。

亀また死せり。

カメもまた死んでしまったのであった。

その後、宋の滅びるとき、夏椿は国に殉じたので、今に至るまで義士と称されている。

夏椿のむすめは邵公孺先生の母君で、わたしは幼いころ直接その方にお会いしたことがあり、その方から口づから教えてもらったことなのだ。

誠愨不妄語者。

誠愨にして妄語せざる者なり。

まことに誠実で善良、うそごとなどおっしゃるような方ではなかったのである。

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ということは本当のことなのだ。

元・長谷真逸「農田余話」巻下より。著者の長谷真逸というひとは元のころの浙江あたりのひと、という以外どんなひとかよくわからない。「農田余話」は宋・元の時代の故事や儒者の言行を多く記載しているので、著者もそういう傾向のひとなのであろう。

このカメのようにまじめに大切に扱っていても、ある日火が出たらこんなことになってしまうんです。まじめにやっていてもしかたないのデハ?

 

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