平成22年8月23日(月) 目次へ 前回に戻る
泣きなされ、歌いなされ。
疲れたね。
シゴト帰りだ、歌でも一曲歌いましょう。ああ。ああ。わしは心のびやかに歌を歌うた。
その歌に曰く―――
堂堂大元、姦佞専権、開河変鈔禍根源、惹紅巾万千。
堂々たる大元、姦佞権を専らにし、河を開き鈔を変じ禍い根源して紅巾万千を惹(ひ)く。
ああ、ご立派な元帝国よ。
悪いやつらが権力を握り、黄河の治水と交鈔(紙幣)の大量発行が禍根となって、ついには数万の紅巾賊の叛乱を招いたよ。
♪チャンチャン(←箸で茶碗を叩く音) 参考 →22.5.7
官法濫、刑法重、黎民怒。
官法は濫りにして刑法は重く、黎民怒れり。
お役所のやり方はいい加減、刑罰だけは厳しいから、人民どもは憤怒せり。
♪チャンカチャンカ
人喫人、鈔買鈔、何曾見。
人は人を喫(くら)い、鈔は鈔を買う、何ぞかつて見んや。
人間が人間を食い、紙幣で紙幣を買う、こんな状況、過去にあっただろうか。
♪チャスカチャスカ
(注)「人を喫う」は、ここではホントに人肉を食う状況ではなく、比喩的な意味で用いられていると思われます。
賊做官、官做賊、混賢愚。哀哉可憐。
賊は官と做(な)り、官は賊と做り、賢愚を混ず。哀なる哉、憐れむべし。
犯罪者がお役人になり、お役人は犯罪を犯し、まともなひとと悪者が一緒くた。ああ悲しいかな、なんとかしてよ。
♪チャチャンチャンチャン
以上。ああ、すっきりした。
これは、元の末に流行った「酔太平小令」(ほろ酔いご機嫌小唄)という歌である。
元末・明初に生きた陶宗儀が言うには、この歌は、当時、
不知誰所造、自京師以至江南、人人能道之。
誰の造るところなるかを知らざるも、京師より江南に至るまで、人人よくこれを道(い)う。
誰が作ったものかわからないが、都・ペキンから江南地方にいたるまで、誰でも知っていた。
というほど流行ったらしい。
いにしえのひとは民間でうたわれる歌謡を採用して、世間の動向を知る材料にしたものだが、
今此数語切中時病。故録之。
今、この数語、切に時病(じへい)に中(あた)る。故にこれを録す。
今思うてみるに、この短い歌の中の言葉は、みごとに当時の弊害を抉り出していたといえよう。なので、記録しておく。
記録しておいていただいたおかげでわしが歌うことができたのである。
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「南村輟耕録」巻二十三より。
「大元」をゲンダイの○○国に替えてみると、そのまま使えるような気がするのも何だか不思議な感があります。畢竟、国の大事は公共事業と通貨の安定にある、ということかも知れぬ。われわれの国は国民主権の国だから大丈夫でしょうけどね。