平成22年8月24日(火) 目次へ 前回に戻る
(お花畑系)
唐の時代のことです。
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馬を借りて、その馬で荷物を運んで暮らしを立てている貧しい男がいた。
ある日、町まで荷物を運んだ帰り道に、道端で苦しんでいる老人を見つけ、介抱して空荷の馬に乗せてやった。老人は村はずれのお堂の前であつくお礼を言いながら馬を下りたが、別れ際に、一本の筆を男に手渡した。
この筆、筆管は太く、紅色をした木の枝でできていた。筆毛はごわごわと剛く、これで文字など書けそうにもない。
「この筆は虎毛紅管筆という。こいつで字を書こうなどと思いなさるなよ。こいつはそんなことに使われても役に立ちませんからな。こいつの使い方は、
所須但呵筆、必得之。
須(もち)いんとするところ、ただ筆を呵(か)せば、必ずこれを得ん。
欲しいものがありましたら、この筆に命令しなされ。そうすれば、必ずそのものを手に入れることができるのじゃ。
ただし―――」
老人はぎろぎろと男を睨みすえながら、
「おまえと、おまえの妻の二人だけしかこの筆の存在を知らないようにしておきなされよ。そうでないとすべてがおじゃんになってしまいますからな」
と諭したのであった。
男、半信半疑で家に帰り、その妻と相談して、暑いさかりであったので、そんなものがあるとかないとかウワサにだけ聴く
○凝烟帳(もや・かすみを集めて逃さない不思議なトバリ)
○風篁扇(あおぐと風に吹かれた竹の林のように涼しげな音をたてる扇)
を
「持ってこい」
と筆に命じた。
筆は命じられると、
ふ・・・・・・
と目の前から消える。
しばらくすると突然、元あった場所に現われるのだが、そのあと部屋の中を見回すと、いつの間にか部屋の片隅に折りたたまれた一枚のトバリと大きめの扇が置かれていた。まさに「凝烟帳」と「風篁扇」であったのである。
夫婦はそれ以来、筆に命令して色んなものを手に入れた。
ある晩は、ハラが減ったので、何か珍しい料理を食べたいと思い、
○兎頭羹(うさぎのあたまのスープ)
を
「持ってこい」
と命じたのである。
しかし、筆はそれがどういうものであるかわからないのであろうか、動こうとしない。
夫婦は、二人で交互に
「兎頭羹だ」
「兎頭羹よ。わからないの? 兎・頭・羹!」
と繰り返して筆に命じたのである。
筆はようやく
ふ・・・・・・
と消え、次の現われたときには、部屋の中に美味しそうな食べ物のにおいがぷうんと広がった。
部屋の中には、大皿の中に、
うさぎのあたま
を浮かべたどろどろのスープが、彼らが命じた回数だけ、何皿も並べられていたのである。
うさぎたちの頭は、毛を残したまま煮られていたが、眼球は熱で破裂したのであろう、眼窩は空っぽになっていた。
「おお、うまそうだ」
夫婦は二人で何皿か食べたが、
不能尽、以与隣家。
尽くすあたわず、以て隣家に与う。
食べつくすことができず、となりの家に何皿か持って行った。
隣の家では珍味の兎頭羹を何皿ももらって、
「どこでこんなに手に入れたんですか」
と驚いて訊ねた。
夫婦はハラがふくれて気分よかったこともあり、つい、
「不思議な虎毛紅管筆に命じて持ってきてもらったんですよ」
と答えてしまった。
「虎毛紅管筆? なんですか、それは・・・」
「―――あ! いや、なんでもございません・・・」
夫婦は大慌てで家に帰って筆を探した。
筆は元のところにあったが、
自是筆雖存、呵之無効。
これより筆存すといえども、これに呵するも効無し。
これ以後、この筆はあったけれども、これに命令をしても、何の効果ももたらさなくなった。
のでした。
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何かの教訓になりますか。とりあえず兎のあたまのスープが美味いらしい、ということぐらいかな。
五代の馮贄「雲仙散録」より(第109則)。もと「簒異記」という書に出るという。