暑い暑い。
ジイジイとアブラゼミ鳴く夏の寺。
客を迎えて和尚、曰く
生死事大 遁(のが)レはないぞもろ人よ きのふの夢がけふもさめねば
生き死にのことはニンゲンにとって最大の問題じゃ。どうあがいてもそのことから逃げられないのじゃぞ、みなさんは。昨日まで見ていた此の世の生という夢、今日はまだ覚めておられないようですから(覚めていれば「死」んでいるのでここにはいないはず)
「うーん」
と唸って、客の猩々庵原松、返し、
夢に死し夢にうまるゝあさね坊さめて苦をする釈迦よりはまし
夢のように死んで夢のように生きているのでござるよ、わしら衆生は。朝寝坊してどちらにいるかわからないうちにこの年にまでなりましたのじゃ。なまじ生死の大事に気づいてしまって、苦悩する仏道修行者よりはましな人生かも知れませぬ。
これは和尚の方の勝ちでしょうな。
「近世畸人伝」巻三「猩々庵」より。