令和2年4月22日(水)  目次へ  前回に戻る

注射50本ぐらい打っておけでワン。

ドウブツは高い能力を有しているといわれる。

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清の時代に実在した(という)不思議なイヌのお話です。

揚州呉郡に姜なにがしという医者兼薬材鋪がいた。その家にはイヌが一匹飼われていて、こいつは

姜毎出診、狗必随之、揺尾侍座以為常。

姜の出診するごとに、狗必ずこれに随い、揺尾侍座するを以て常と為す。

姜先生が診察に出かけると、必ず引っ付いて行って、診察中、しっぽを振りながら横に座っているのを常としていた。

姜先生は患者を診察すると、薬箱から薬材を出して調剤するのですが、そのとき何やらこのイヌと目配せしあったり、小声で相談しているように見えることがあるので、

一時哄伝有狗医之目。

一時、狗医の目有りて哄伝せり。

そのころ、「イヌ医者さま」と呼ばれて、うるさく喧伝されたものであった。

「哄」は「どよめく」とか「大笑いする」の意です。「哄伝」というのは、姜とこのワンコが診察に出かけると、子どもたちが

「わーい、イヌ医者の先生が来たー!」

と大騒ぎするような感じでしょうか。

ある日、姜先生が別件で外出しているときに、一人の患者が足を引きずって診察を受けにきた。

「お留守か。足が痛くて困っている。しばらく待たせてもらいますぞ」

すると、

此狗忽向其腿上咬一口、血流満地、作紫黒色。

この狗、たちまちその腿上に向かいて一口を咬み、血流地に満つるに、紫黒色を作す。

留守番をしていたイヌは、その患者に近づいて行って、突然ふくらはぎに噛みついた。血がどろどろと流れたが、それは紫黒色をしていた。

そこへ先生が帰ってきました。

「どうなされましたかな」

と創口を見て、

以末薬敷之。

末薬を以てこれに敷く。

粉末の薬を創口に塗りつけた。

「悪血が溜まっておられたようですが、瀉血はお済みですね。二か所に針を刺したようですが、傷口が小さくて、見事な腕だ。どちらで施術してきたんですか」

と訊いた。

患者が「おたくのイヌに噛まれたんじゃ」とイヌを指さすと、先生はイヌのところに行ってなんやらこそこそ話しをしているようだったが、振り向いて、

「ああもう大丈夫です。様子はイヌに聞きましたから」

とのことであった。

そして、

一宿而癒。

一宿にして癒ゆ。

一晩で完全に治った。

そうである。

あるとき、姜先生が往診に出かけた。ある妊娠中の女性がまだ六か月ぐらいなのにおなかが大きく膨らんでしまい、食欲も無くなってしまったというのである。

姜認其水痼。

姜、その水痼(すいこ)なるを認む。

姜先生は「どうもこれは水がたまっているのかなあ・・・」と言いながら薬箱を・・・

と、イヌが

侍其側作小児声。

その側に侍して小児声を作す。

先生の側にいて、子どものような声を出した。

「なんだなんだ・・・子どもが? なになに? ・・・ふむふむ、そうかなるほど」

と独り言で言って、先生は、

「わかりました。もうすぐ分娩ですよ」

そして、

以安胎薬治之。

安胎薬を以てこれを治す。

胎児を安定させるクスリを調合して服用させたところ、妊婦は落ち着いたようであった。

越月而孿生、産母無恙。

越月にして孿生し、産母恙なし。

翌月には双子を産んだ。母体にはまったく障りが無かった。

そんなふうにして、イヌと姜先生で生きていたのだが、

後、狗忽亡去、不知所之。姜歎曰、我道其衰乎。未幾亦病死。

後、狗たちまち亡去して之くところを知らず。姜、歎じて曰く、「我が道はそれ衰えんか」と。いまだ幾ばくならずしてまた病死せり。

その後、イヌは突然いなくなって行方不明になってしまった。姜はため息をついて、「わたしのやり方は、もうダメになってしまった」というと、しばらくして彼も病死してしまったのである。

ああ。

是狗既知内外科而又兼婦人科、以匡主人之不逮、歴数諸医中豈可多得哉。

この狗、既に内外科を知り、また婦人科を兼ね、以て主人の逮(およ)ばざるを匡(ただ)し、歴数の諸医の中にもあに多得すべけんや。

このイヌは内科に詳しく外科の施療も出来、さらには産婦人科も兼ねて、主人の姜の足らない部分を正していたのである。いにしえよりのあまたの医師たちの中でも、これほどの腕前のものを多く挙げることができようか。

以視今之舟輿出入、勒索請封、若有定価、而卒無効験、或致殺人者、真狗彘之不若也。

以て今の舟輿に出入し、勒索封を請いて、定価有るがごとく、而してついに効験無く、あるいは殺人を致す者を視るに、真に狗彘に若かざるなり。

これに比べて、ゲンダイにおいて、舟や輿でお出迎えし、手綱や口縄で(引くウマで)出かけて薬を入れた封筒をもらい、しかるべきおカネを取るようなお医者さまや薬剤師さま、結局のところ役に立たないだけならまだしも、診たてや処方を誤って、人を死なせてしまうような方々を見ると、ホントウにイヌやブタ以下である。

と言いたいところである。

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「履園叢話」第二十一より。医療最前線は今たいへんな中、がんばってるんだそうです(推定形になっているのはジャマしたらいかんので見に行ってないからです)。イヌの手も借りたいところなんだと思います。ありがとうございます。

 

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