平成32年1月29日(水)  目次へ  前回に戻る

このような陋室で盗み聞きするとは! 逃げ切れるのはどちらの忍者でしょうか。下の絵も左右で七か所違いがあるので探して見てね💛

今日は暖かかった。たくさん飯食った。キビシイ仕事も無かった。居眠りできたし、スバラシかった。

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夜もスバラシイのを読んでみます。

山不在高、 山は高きに在らず、

有僊則名。 僊有りて則ち名せらるなり。

水不在深、 水は深きに在らず、

有龍則霊。 龍有りて則ち霊とせらるなり。

斯是陋室、 この、これ、陋室なれども、

惟吾徳馨。 ただ吾が徳の馨(かんば)しきのみ。

山は高いから価値があるのではなく、そこに仙人がいるから有名になるのである。

 水は深いから価値があるのではなく、そこに龍がいるから神秘性を持つのである。

 ここ、わしの庵はみすぼらしいが、わしの人徳がすばらしければ素晴らしい場所となるであろう。

ここは、

苔痕上堦緑、 苔痕は堦に上りて緑に、

草色入簾青。 草色は簾に入りて青し。

 コケの斑点が土製の階段の何段めかまで着いていて、緑色である。

草の色が竹の簾に映り込んで、青色である。

ここでは、

談笑有鴻儒、 談笑するに鴻儒有りて、

往来無白丁。 往来するに白丁無し。

可以調素琴、閲金経。 以て素琴を調え、金経を閲すべし。

 語り合い、笑いあうのは、(みなさんのような)おおとりのような学者さんたちばかり、

 やってきて、出かけていく中に、白服を着ている人民(のようなレベルの低いやつ)はいないのだ。

 ここなら、飾りのない白木で作った琴の音を調え、黄金のように尊い経典を詠むのにふさわしい。

無糸竹之乱耳、 糸竹の耳を乱す無く、

無案牘之労形。 案牘(あんとく)の形を労するも無し。

 弦楽器・管楽器の複雑な音が耳に刺激を与えることも無いし、

 役所の公文書やお偉い方からの手紙が心身を疲れさせることも無い。

うははは。

南陽諸葛廬、 南陽の諸葛の廬か、

西蜀子雲亭、 西蜀の子雲の亭か。

 荊州南陽にあったという三国の諸葛孔明が住んでいたいおりとか、

 西蜀成都にあったという前漢末の楊子雲の載酒亭とか、そういうところである。

孔子曰何陋之有。 孔子曰く、何の陋かこれ有らん、と。

これは、次の「論語」子罕篇の言葉を引用したものです。

子欲居九夷。

子、九夷に居らんと欲す。

孔子は、東方にある九種の異民族の地に行こうとしたことがあった。

或曰、陋、如之何。

或ひと曰く、「陋なり、これを如何せん」。

あるひとが言った、「辺鄙なところで、どうしようもありませんよ」と。

すると孔子はおっしゃった、

君子居之、何陋之有。

君子これに居れば、何ぞこれ陋なること有らん。

「よきひとがいれば、どうして辺鄙などということがあるものか」

結局、孔子は異民族の地になんか行かないんですが、この章、実は意外と解釈が難しいんです。「君子」(よきひと)とは一体誰なのか、この会話だけではわからない、からです。代表的な解釈は、

@  東方にも君子(よきひと)がいるので、辺鄙な土地ではないのだぞ。

A  君子(の代表格であるこのわし)が行くのだ。君子がいれば回りの人民は感化されていくから、わしが行くことによってその土地はすばらしくなるぞ。

B  君子(であるおまえたちわしの弟子)が行ってくれれば、それだけで住みよい土地だ。辺鄙なんてことがあるものか。

の三通りなんですが、みなさんはどれを選びますかな?

閑話休題。

もとに戻って、何を言っているのかと言いますと、

孔子さまが言ったではないか、「みすぼらしいなんてことがあるものか」と。

「その言葉どおり、ここはみすぼらしくはないのである」

と書いて、結論にしたんです。

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唐・劉禹錫「陋室銘」(みすぼらしい部屋を記念して)「古文真宝後集」巻五より)。普段の文章と違って、さすがは古今の名文とされるだけあって、スバラシイ。明日も明後日もずっとスバラシければいいのだが・・・。

 

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