カッパ、天狗、海坊主などの妖怪ビッグネームの前で緊張するあずきあらいくんだ。知識人たちがいくら否定しても、民衆の心の中には、妖怪たちの世界が今も息づいているのである。
今日も寒かった。しかし昨日よりは少しましかも。もうすぐ洞穴から外に出られるかも知れません。
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明の時代のことですが、ある町の外れに、柳王さまという神さまの祠があったそうなんです。
祠には神さまの木像が安置されていましたが、
其像獰悪、深目広頤、喙尖而張。
その像、獰悪、深目にして広頤、喙尖りて張る。
その神像は、凶悪な姿をしており、目は落ちくぼみ、下顎部が広く、口びるがとがって横にも広い。
そして、この柳王神は、
少不虔、輒得禍。祀者接踵。
少しく虔ならざれば、すなわち禍を得。祀る者、踵を接す。
少しでも尊崇の心が足りないと(信者が思うと)、すぐに禍いを降す祟り神なのであった。このため、何か不吉なことがあると、この神さまの祟りではないかと考えて、お祀りしにくるひとが、かかとの後ろにすぐ次のひとが引っ付くかのように、次から次に祠に来るほどであった。
お祀りするには、供え物をしてお祈りを捧げなければなりません。
人享之、盛羅牲醴、拝祝畢。
人これを享し、牲・醴を盛羅し、拝祝して畢(おわ)る。
お祀りするひとは、犠牲の肉料理やあまざけを揃えて並べ、その前で拝礼し、祈りを捧げて、儀礼が終わるのであった。
儀礼が終わったあとは、祠の戸を閉めて帰らなければならないルールだったが、ときおり好奇心に駆られるひとがいて、
出而闔戸、従隙処窺之、見青巨蛇従神口中躍出、食尽仍入口。
出でて戸を闔(ふさ)ぎ、隙処よりこれを窺うに、青き巨蛇の神口中より躍出して、食い尽して、よりて口に入るを見る。
儀礼を終えて祠から出、その扉を閉ざしたあと、隙間から覗き見していると、青い巨大なヘビが神像の口から飛び出して来て、お供え物を食べ尽くすと、また口の中に入って行くのであった。
これこそただのヘビではなく、柳王さまの使い魔であり、覗き見した人には必ずやはりタタリと思われる不吉なことが起こると信じられていたのである。
ところが、あるとき、江西・吉安出身の読書人・陳僉憲というひとが、この地を通り過ぎて、柳王神のウワサを聞き、
吾当為一方除祟。
吾、まさに一方のために祟りを除かん。
「ようし、わしがこの地方のためにタタリを除いてやるぞ」
と言い出しまして、
命具饗、又設麺包、中蔵寸刀。
饗を具うることを命じ、また麺包を設けて、中に寸刀を蔵す。
お供え物を揃えるように言い、またパンを作らせて、中に一寸ぐらいの小刀を入れさせた。
これらを祠の中に並べると、自らお祈りの文を作って(←読書人だから文章が書けるんです)これを読みあげ、
闔戸窺之、蛇食如前。
戸を闔してこれを窺うに、蛇の食するところ前の如し。
扉を閉めて、様子を窺っていたところ、お供え物はきれいにヘビに食われてしまっていた。
失敗か、どんなタタリがあるのやら・・・と思われたのですが、
未幾、有饗神者。
いまだ幾ばくならずして、神に饗する者有り。
しばらくして、次に神さまにお供えをして祈る者があった。
ところが、その捧げた食物はそのままになっていつまでも食べられていなかった。
「よっしゃ」
陳僉憲は手を打ってよろこび、
令毀像、蛇斃神腹、祟遂滅。
像を毀たしむるに、蛇、神腹に斃れ、祟りついに滅せり。
神像を壊させたところ、その腹の中でヘビが一匹死んでいた。その後、特にタタリは起こらなかった。
のであった。
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「続耳譚」巻三より。誰も差し迫って何も困っていないのに、どうしてこんなひどいことするのか、と首を捻ってしまいますが、・・・あ、そうか、知識人だからか。彼らは民衆の大切にしている夢や物語、がすべて憎いのでありますからね。