名誉欲をほぼ完全に失ったモグ、ナマケモノ、コアラたちであるが、もちろん食欲や睡眠欲は強い。
足るを知ることこそ賢者の第一条件です。特に物欲には気をつけなければいけません。
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春秋の時代のこと、晋の実力者・智伯が周辺の蛮族である仇由(きゅうゆう)を討伐しようと考えた。
しかしながら、
道難不通。
道、通じ難し。
仇由との間は交通の便が悪く、道路が整備されていない。
そこで、一計を案じた。
鋳大鐘、遺於仇由之君。
大鐘を鋳て、仇由の君に遺る。
大きな鐘を作って、これを仇由の酋長への贈り物にしたのである。
まず目録を持って使者が行きます。
酋長は
「鐘がもらえるんや。うれしいのう」
と喜んだのですが、使者が困ったような顔をして言うには、
「鐘は既に晋の国境までは持ってきたのですが、そこからこちらへ来る道が狭すぎて、鐘を載せた車を通すことができません」
と。
「なるほど」
仇由之君大説、除道将内之。
仇由の君、大いに説(よろこ)び、道を除してこれを内に将(ひき)いれんとす。
仇由の酋長はほくほく顔で、国境からこちらの道を広げて、鐘を領内に持ち込もうとした。
このとき、
「お待ちくだはれ」
と文句をつけたのは、仇由の賢者・赤章曼枝(せきしょうまんし)である。
赤章曼枝曰、不可。此小之所以事大也。而今也大以来、卒必随之。不可内也。
赤章曼枝曰く、「不可なり。これ小の大に事(つか)うる所以なり。而して今や大以て来たる、卒、必ずこれに随わん。内(い)るるべからざるなり」と。
赤章曼枝の言うことには、
「あきまへん。(鐘を贈るなどということは)どう考えても小国が大きな国に奉仕するときに行うことでっせ。それを、今回は、大国の方から持って来る、というんでっから、軍隊がそのあとからやってくる、とお考えになるべきですねん。持ち込ませてはなりませんで」
「そやけどおまえ、鐘がもらえるんやぞ」
仇由之君不聴、遂内之。
仇由の君聴かず、遂にこれを内(い)る。
仇由の酋長はその意見を聞かず、結局、鐘を持ち込ませた。
「これはあかんな・・・」
赤章曼枝因断轂而駆至斉。
赤章曼枝、因りて轂を断じて駆りて、斉に至る。
赤章曼枝は、このため、車軸の覆いを切って馬車を走らせ(、大急ぎで)斉の国に亡命した。
「穀」(こく)は、車の車軸と車輪の幅(スポーク)を集める部分で、そこは覆いで保護し、その覆いを外側に突出させて、戦闘時にはここをぶつけあって戦います。赤章曼枝はそれを切ってしまった、つまり車軸から横に突出した部分を切り落として、狭い道路でも通れるように車全体の横幅を短くし、まだ整備されていない斉との間の道路を通行しやすくして逃げて行ったわけです。
果たして、
七月而仇由亡矣。
七月にして仇由亡べり。
七か月後には、仇由の国は滅亡していた。
のでございます。
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「韓非子」巻七「説林」下より。鐘がもらえるならしようがない・・・か。