「この中に裏切りモノがいるニャ!」「なんと」「まさか」「チュー」さて、裏切りモノはどいつでしょうか。あなたが裁判官だったら正当に裁けますか。
寒くなってまいりました。そのせいか、体調がどうも変である。体にも心にもやる気が無いのである。こんなに調子悪いと居眠りもしてしまうかも・・・。
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清の時代のことです。
あるひと、役所で当直していた。少しうとうとしたかと思ったとき、何者かに
「こちらじゃ!」
と呼び出された。
その声の方に行くと、突然、
燈燭煌、侍衛森列。
燈燭煌し、侍衛森列す。
燈火や燭台が明るくきらめき、侍衛の警護官たちがずらりと並んでいる場所に出た。
「ここじゃ!」
と言われて座って、まわりを見回すと、お白洲を囲んで三方に建物があるうちの端っこあたりである。ずっと上座の方、お白洲を前に正殿の中央に座っているのは、同僚の金蘭畦という男であるようだ。どうやら金が裁判長で、その裁判の傍聴人の席に座らされたらしい。
傍坐更有二人。
傍らに坐するものさらに二人有り。
金の両側にあと二人が座っているが、それはどうも知らないひとである。
すぐに、
外聞数千百人呼冤声、擁一龍至階前。
外より数千百人の呼冤の声の聞こえ、一龍を擁して階前に至れり。
塀の外から、何千何百人という多数のひとびとの怨みを訴える声が聞こえ、やがてそのひとびとが一匹の龍を担いで正殿の前のお白洲に現れた。
そしてその代表者らしいのが訴えるには、
孽龍行雨、漂没居民無算。
孽龍雨を行(ふ)らすに、居民を漂没すること無算なり。
「このバカ龍めが雨を降らせ、無数の住民たちを水没して死なせたのでございます!」
「そうだ!」「そうだ!」
ひとびとの怒りの声が地鳴りのように続いた。
下役人がひとり、ちょこちょこと趨り出てきて、
拠天条当斬。
天条に拠れば「斬」に当たれり。
「天の刑法によれば、ばらばらに斬り殺す刑罰に当たりまする」
と言上した。
「そうだ!」「そうだ!」
ひとびとはまた地鳴りのように騒いだ。
金不応。旁坐者曰、依例。
金応ぜず。旁らに坐する者曰く、「例に依らん」と。
中央の金は黙ったままである。傍らに座っている陪席の裁判官が口を開き、「先例どおりということで―――」
その途端、
金拍案叱吏、曰、行雨因公、漂没過出無心。法当流徙。
金、案を拍(う)ち、吏を叱し、曰く、「雨を行らすは公に因り、漂没の過は無心に出づ。法まさに流徙に当たるべし」と。
ばーん。
金は机を叩き、下役人を叱りつけて、言った。
「龍が雨を降らしたのは天の公けのシゴトで、住民を水没させたのは過失から起こったことである。それなら、法に照らして流罪とすべし!」
「な、なりませぬ!」
吏以例争、金怒曰、汝等舞文宜斬。
吏、例を以て争うも、金怒りて曰く「汝ら文を舞わさば斬すべし」と。
下役人はなおを先例を述べて反対したが、
「おまえたちは理屈をこねまわしているだけだ、それこそ「斬」の刑罰に該当するぞ!」
と金は怒鳴りつけた。
「なんだ?」「なんだと?」
人民たちは不満の声を挙げ始めたが、
命即釈龍、龍忽躍上天去。
命じて即ち龍を釈せしむれば、龍たちまち躍りて天に上りて去れり。
金は龍の縛めを解かせた。すると、龍はすぐに躍り上がって空に駆け上って行った。
「不当!」「不当!」「ふとうおおおおおお」
呼冤者群詈金。金推案起。
呼冤者、群れて金を詈(ののし)り、金、案を推して起つ。
訴人たちは衆を頼んで金に罵詈雑言を浴びせ、侍衛たちを押しのけて、建物に昇って金を捕らえようとした。金は机を突き飛ばして立ち上がり、逃げ出そうと・・・
「あれ?」
―――その瞬間、目が覚めました。
彼は役所でうとうととしていただけであった。
翌朝、金を見かけて、
「昨夜はたいへんでしたな」
と声をかけてみると、金はたいへんいぶかしそうな顔をしていたが、しばらくして転勤していってしまったそうである。
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清・銭泳「履園叢話」二十二より。単なる夢落ち話なんですが、旧中国の裁判の実態が垣間見れて興味を引きます。旧中国は「世論」の国なので、地方官は人民の情緒・感情に配意して物事を決める必要があったようなのです(それを差配するのは地方に土着している「吏」である)。人治主義や情治主義の裁判は困るなあ。