「魚はおれがいただくニャ。ぶたは団子でも食ってガマンするニャぞ」「了解でぶー」というような一方的な関係では、失敗するであろうカモ。
今日は台風が日本海を過ぎたせいで、南から夏のムシムシ空気団が入ってきて、すごく蒸し暑かった。しかし休日だから楽しかったなあ。明日も休みですが、明後日の月曜日(体育の日)にかなりきつい出勤があるので、明日はもうそれへの恐怖と不安で精神的にどよんとしてくると思います。楽しい日は短いのだなあ。
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今回は、かなりの長期間、毎晩楽しく暮らしていたひとのお話をしましょう。
清の時代のことだそうですが、揚州府の門外に聞角館という宿屋がありまして、地方から来てシゴトを探す読書人や商人たちが長期滞在していたそうなんです。
有相士寓中、好酒。同寓有王叟者、亦好酒。
相士の、中に寓する有りて、酒を好む。同寓に王叟なる者有りて、また酒を好む。
その宿屋に宿泊している人相占い師がいたが、酒が好きであった。同じように滞在していた王じいさんと呼ばれる老人もまた酒が好きであった。
この二人、
相与友善、毎夕共入市中飲、以爲楽也。
相ともに友善にして、毎夕ともに市中に入りて飲み、以て楽しみと為せり。
お互いに気に入って仲良くなり、毎晩一緒に城門内に入って酒を飲むのを楽しみとしていた。
ある日のこと、いつものように夕方、シゴトを終えて二人で飲み行くと、バクダン発言がありました。
叟謂相士曰、我鬼也。
叟、相士に謂いて曰く、「我は鬼なり」と。
じいさんは、占い師に向かって言った。
「実はな、わしは亡霊なんじゃよ」
「はあ?」
占い師がよく呑み込めないでいると、じいさんは言った、
能知人死期。吾語子。
「よく人の死期を知れり。吾、子に語(つ)げん」
「わしは亡霊じゃから、そのひとがいつごろ死ぬか、わかるんじゃ。(一緒に占いをして、)わしがわかったことをお前に教えてやろう」
「なるほど、それはすばらしいですな」
自此相者日盛。能定人生死、咸以爲神仙。
これより相者日に盛んなり。よく人の生死を定め、みな以て神仙ならんとす。
これ以降、占い師はどんどん人気が出るようになった。なにしろ、ひとが長生きするか、いつごろ死ぬか、正確に当てるのであるから、ひとびとは「仙人さまではなかろうか」とウワサするほどになったのである。
こうして二人で楽しく生きて(一人は死んで?)いたのですが、
久之、王叟忽不楽、顧相士而泣、曰某日将与君別去。
これを久しくして、王叟たちまち楽しまず、相士を顧みて泣きて曰く、「某日、まさに君と別れ去らんとす」と。
だいぶんしてから、ある日、王じいさんは突然悲しそうな顔をし、占い師に向かって泣いて言うには、
「何月何日には、おまえさんと別れなければならなくなったのじゃ」
と。
「はあ?」
不解所言、未幾、叟不見。
言うところを解せざるに、いまだ幾ばくならずして、叟見えずなりぬ。
何を言ってるんだかわからなかったが、しばらくすると、じいさんは行方不明になってしまった。
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「履園叢話」十五より。なるほど、シゴトで成功するには、同僚との人間関係が大切だ、ということがわかりました。ニンゲン関係に苦しむわしは、シゴトには向いてないのじゃなあ。