平成30年9月3日(月)  目次へ  前回に戻る

どうぶつたちの興味はまずは食い物である。このノーマルぶたとモグも「腹いっぱい食ってぶーか」「ぜんぜんでモグん」とあいさつしあっている。

なんとか一日終わりました。振り返ってみると特に悪いことがあったわけではないのですが、なんだか一日ずっと不安だったなあ。しかし、メシを食うためには宮仕えも仕方がないのだとひとびとは言う。

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むかしむかし、四世紀の晋の時代のことでございますが、呉修というひとが広州の刺史となって赴任してきたときのこと、

未至州、有五仙人騎五色羊負五穀而来、止州庁上。

いまだ州に至らざるに、五仙人有り、五色の羊に騎り五穀を負いて来たりて、州庁の上に止まれり。

呉修が広州府に到着する直前、五人の仙人が五色のヒツジにそれぞれ跨って、州府の庁舎の上に降りて来たのが目撃された。彼らはそれぞれに穀物の入った袋を背負っていた。

五人の仙人は、

「ここがあいつの赴任してくるところか」

「ひどいところじゃなあ」

「本当にオロカそうなやつばかりおるのう」

などと屋根の上から言い合っていたが、やがて

「みなの衆、今度の知事はもともとわしらの仲間でのう」

「ふつつかなヤツだが、よろしう頼むぞ」

と言いながら、袋の中から五種類の穀物を取り出して、ばらまいた。それは風に乗って、広州の全域に散らばって行き、それから、この広州では穀物ごとに不作の年はあっても、五つの穀物のすべてが実らないことはない―――

其後州庁梁上図画以爲瑞、号広州曰五仙城。

その後、州庁の梁上に図画し以て瑞と為し、広州を号して「五仙城」と曰えり。

このことがあってから、広州府の庁舎の(入口から見上げた)横梁の上には五人の仙人の絵が飾られ、広州の町が「五仙城」と呼ばれるようになったのである。

町の中には小さな丘があり、そこには

今有五仙観、春秋粤人所祈。

今に五仙観有りて、春秋に粤(えつ)人の祈るところなり。

今も「五仙観」という道教のお寺があり、春と秋には広州府の管轄する広州中のひとがお祈りに来る。

何をお祈りしに来るかといいますと、豊年満作を祈りに来るんです。

穀爲五仙所遺、一仙遺一穀、穀有五、故爲五穀。五仙当日復有豊年之祝、故皆称爲五穀之神。

穀は五仙の遺すところたり、一仙一穀を遺す、穀五有り、故に五穀と為す。五仙の当日、また豊年の祝有り、故にみな称して五穀の神と為す。

穀物は五人の仙人が置いていってくれたものである。一人の仙人が一種類づつの穀物を置いていったので、穀物には五種類ある。だから「五穀」城というわけです。五人の仙人はそれぞれお祭りされる日があるのですが、その日になると、それぞれの仙人に対応する穀物の「豊年の祝詞」が捧げられる。そのため、穀物を植えたひとびとは、その穀物に対応した仙人のお祭りの日を目当てにやってきて、仙人たちを「五穀の神」と呼んでお参りするわけだ。

ああ、我が広州は、

州庁之絵以重穀也。城名曰五仙、亦重穀也。

州庁の絵、以て穀を重んずるなり。城名「五仙」と曰うは、また穀を重んずるなり。

州府の庁舎の(仙人の)絵も、それによって穀物を重要視するということを示すためのものなのである。町の名を「五仙」城というのも、穀物を重要視しているからなのである。

穀物は重要なのである。

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「広東新語」巻六より。穀物が無いとハラが減りますからね。ところで明日は台風が来るらしいんです。まだ多くの田で収穫は終わっていないはずだが、今年の秋の穀物はどうなるのであろうか。メシは腹いっぱい食えるのでしょうか。オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか。

 

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