カッパ頭を叩いてみれば、「割れ物危険」の音がする。
「わーい、明日はもう金曜日だ」と言うやつがいたので、「ホントに?明日はまだ木曜日だと思っていたが、もう週末が来るのか」と問うたところ、「ウソでーす」とのことであった。ウソを言うのは怪しからん。
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明皇善終、並無他説。
明皇終わりを善くすること、並びに他説無し。
唐の玄宗皇帝は、平穏に崩御されたということについて、一般には異説は無い。
とされるのですが、安禄山の乱の責任を取って皇太子であった粛宗皇帝に譲位した後、上皇となった玄宗はかなり政治的に不安定な状況にあったことから、果たして平穏な最期であったのかどうか。
唐人の小説の中には、玄宗の最期について、
李輔国遣刺客撃太上皇脳、作磬声。
李輔国、刺客を遣わして太上皇の脳を撃つに、磬声を作せり。
当時の権力者・李輔国が玄宗上皇にところに刺客を差し向けて、その頭を(刀剣で)打たしめたところ、「かーーーん」と磬(石製の楽器)を叩いたような音がした。
という記述があるんだそうです。
太上皇、刺客の方を見て、にやりと笑いて曰く、
我固知命尽爾手、然葉善法勧我服玉。玉丹在脳、爾善取之。
我もとより命の爾の手に尽くるを知る。然して葉善法我に服玉を勧めたり。玉丹脳に在り、爾よくこれを取るや。
「わしは以前からおぬしに命を取られる、ということを予知しておった。一方、道士の葉善法がわしに玉を服用することを勧めるので、玉をだいぶん摂取しておってな、その玉の精製物が脳みそに集まっておるのだが、おぬしはそれを自分のものにすることができるかな?」
そして、
「わはははは・・・」
と哄笑した。
刺客は恐怖を覚えながらも何度も「かーん」「かーん」と斬りつけているうちに、ばりばりと頭が割れ始め、
遂崩。
遂に崩ず。
やっと崩御なされた。
という。
ニンゲンの頭が石みたいになるものか、と思うかも知れないが、宋の晏殊が長安令となったとき、
有村民弟兄安姓者、素事一玉髑髏、分居時析爲四片。
村民に弟兄の安姓なるもの、もと一玉髑髏に事(つか)え、分居の時に析して四片と為せるあり。
村びとに安氏の兄弟たちがいて、彼らの間では、前から玉製のドクロを守り神として拝んでいた。兄弟が別々に住むことになったとき、これを四つに分けて、それぞれの分家に持って行ったのだった。
晏殊はその一つを見る機会があって、
晏公取観、額骨皆玉也。
晏公取りて観るに、額骨みな玉なり。
晏知事が手に取って仔細に観察したところ、そのドクロはひたいの部分もその他の部分も、みな玉であった。
「これはどこで手に入れたのかね」
と問うたところ、彼らの祖先が、唐代の皇帝たちの陵墓のある地方でひとから譲られたもので、高貴なひとの頭蓋である、ということであった。
この安氏のドクロが玄宗のものであったかどうかは判明しない(もしそうであったら、玄宗の頭の玉はやはり刺客のものにはならなかった、ということだ)が、多く玉を服用したひとの頭は玉になってしまうことがあるのは確かである。
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清・袁枚「随園随筆」巻下より。こんなことはあるのであろうか。ウソであったら怪しからんが、世の中には確かに、ホントに他人の言うことを理解しない石頭のやつがいるのであるから、ホントかも知れません。