カメに乗ってのそのそと、しかし確実に、逃げ出そう。現世から。
今日は十分ぐらいで富士山に昇ってきた。さあ明後日からはもう月曜日だ。明日でこの世から逃げ出してしまわなければならない。ということで、虚肝冷斎の更新ももう少しで終わりです。
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「析字」(文字占い)というのがあります。あんまりバカにしたものでもない。
乾隆丁卯年(1747)に福建で郷試が行われた際、受験生らは
場後聞某処有善析字者、詣之。
場後、某処に善く析字する者有りと聞きてこれに詣づ。
試験終了後、どこそこによく当たる文字占い師がいると聞いて、出かけてみた。
占い師の机の上には、文字が書かれたカードがずらりと並べられている。占ってもらおうという者は、その中から自分に一番ぴったりしそうな一枚を摘み取って、その文字の示す運勢を占い師に読み取ってもらうのだ。
士子拈得因字。
士子、拈して「因」字を得たり。
最初の受験生が、手で摘まみとったのは「因」字のカードであった。
占い師はそのカードを見、それから受験生の顔を見て、ぶっきらぼうに言った。
国中一人、今科解首也。
国中の一人、今科の解首なり。
「国(ガマエ)の中にたった一人の「人」がいる。今回の試験では、当地方の首席になるようですな」
なんと! 大当たりであった。
横にいた別の受験生が言った。
我亦就此因字。
我もまたこの「因」字に就かん。
「わ、わたくしもこの「因」字でお願いいたしまっす!」
占い師はこの受験生の顔を見つめて、無表情に言った。
此科恐無分、或後有恩科、可望得志。
この科、恐らくは分無きも、あるいは後に恩科有りて、志を得るを望むべし。
「今回の試験では、おそらく運は無いものと思うが、どうやらするに補充者を選ぶ「恩科」の試験があって、そちらで希望どおりになれるようですな」
「そ、それはそれでありがたい結果です・・・が、さっきのやつと何故違うんでっす?」
占い師は無表情に言った。
彼因出於無心、君因出於有心也。
彼の「因」は無心い出づるも、君が「因」は有心に出づればなり。
「さっきの方にとっては、「因」字は答えを予想せずに無心に選んだものだが、おまえさんの「因」字ははじめからいい結果が出るはず、という心が有ったからのう。「因」に「心」が有るとどうなりますかな?」
「な、なるほど、「恩」になりまっす!」
その横から三人めが、
以所握折扇指因字、曰我亦就此字一決。
握るところの折扇を以て「因」字を指して曰く、「我もまたこの字に一決して就かん」と。
手に持っていた扇子で、「因」字を指して、「わたしもまた、この字に決めたので、占っていただきたい」と言った。
すると、占い師は、
蹙然曰、君扇適加因字之中、乃困象。其終於一衿乎。
蹙然(しゅくぜん)として曰く、「君が扇たまたま「因」字の中に加う、すなわち「困」の象なり。それ一衿に終えんか」と。
「あちゃー」と頭を抱えて、たいへんツラそうに言った。
「あなたの扇はちょうど「因」字の真ん中を指していました。「因」字の真ん中に縦棒を置くと「困」字のかたちになってしまいます。うーん・・・、いつまでも試験に受からずに学生として、同じ色の衿(学生は青い衿の服を着ることになっていた)のままで、人生を終えてしまうカモ・・・」
なんと。
後各如其言。
後おのおのその言の如し。
その後、三人はそれぞれ占い師の予言したとおりになった。
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「翼駉稗編」巻三より。同じ文字を選んでもこんなに結果が違うのである。肝冷斎一族はあんまり努力をしなかったので、こんな状態でもしかたがありませんな。