カッコいいネコオープンカーだが、ひよこに占拠されつつある。ネコもツラいところであろう。
ツラかった。なんとか帰ってきました。明日はツラくないといいのだが。もちろんシゴトが。
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シゴトのツラいのはともかく、こういうツラいこともあるのだ、というお話です。
汪稼門尚書は公子均というひとの屋敷を借りて住んでいたが、
夫人愛猫、二十余頭、各有名号、呼之輒至。
夫人猫を愛し、二十余頭おのおの名号有りて、これを呼べばすなわち至る。
おくさまがたいへんネコ好きで、二十余匹を飼っていたが、それぞれに名前があって、それを呼ぶと自分だとわかってすぐに飛んで来るのであった。
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
おくさまは、
手調香餌飼之、猫不食亦不食也。
手づから香餌を調えてこれを飼い、猫食らわざればまた食らわず。
ご自分みずからいい匂いのエサを作ってネコどもにお食わせなさった。そして、ネコどもが食わないとご自分も食わないのであった。
というほどかわいがっておられたのだ。
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
ところがこのおくさまが、急な病で亡くなってしまわれました。
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
猫号慟不食。
猫、号慟して食らわず。
ネコどもは泣き叫んで、何も食べようとしなくなった。
方殮、躍入棺中、伏屍旁不動。出之、繞棺哀鳴。
まさに殮めんとするに、躍りて棺中に入り、屍旁に伏して動かず。これを出だすに、棺を繞りて哀鳴せり。
棺に亡骸を納めようとすると、ネコどもは飛び上がって棺の中に入り込み、おくさまの亡骸のかたわらに伏して動かなくなってしまった。棺の中から取り出してやると、棺のまわりをぐるぐる取り巻いて、悲しげに鳴くのであった。
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー
うるさい!
と言いたくなったひともいるかも知れませんが、かわいいネコに怒ってはいけません。
このネコたちは、
不数日、或投池中、或入竈突、十九猫悉幷命焉。
数日ならずしてあるいは池中に投じ、あるいは竈突に入り、十九猫ことごとく幷命せり。
数日も経たないうちに、あるいは池の中に飛び込み、あるいはカマドの中に入り込んで焼け死んだりして、十九匹がともに落命したのであった。
おくさまに殉死したのだニャー。
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清・湯用中「翼駉稗編」巻五より。(20余匹)−(19匹)=(数匹)で、どうしても数匹逃げ出したやつがいるような気がしますが、いずれにせよ悲しくツラいお話である。
湯用中、字・芷卿は先祖は蘇州のひとですが、順天府に移籍したそうです。嘉慶六年(1801)の生まれ、中年に挙人となりますが、その後も幕僚として他の官僚に仕えて生きました。道光二十九年(1849)にこの「翼駉稗編」を著したんですが、「駉」(けい)は牧場の意、実は「翼駉」という熟語はどんな字書にも出て来ないのだそうでして、おそらく「牧場を翼する」は、皇帝が人民たちを養い教えるさまは牧場で馬を飼うようなものである、ということを前提に、その養育を翼(たす)ける=人民の教育に役に立つ、という意味であろうと想像されます。「稗編」は(イネやムギでなく)ヒエのようなあまり価値の無い文集、のこと。
なお、湯用中の、この書を著してから後の人生は、杳として知れない。
ああ、おいらたち人民をこのネコたちのように愛に包んでくださるご主人さまがいたらいいのになあ。