タクシーに乗ろうとして止めたら、なんとぶたタクだった。ぶたタクは料金10円ながら時速10キロぐらい、しかも目的地到達率が三割ぐらいしかない、問題タクシーであるが、しかたないので乗った。
到達率向上のため、なんとヒヨコナビを導入していた。しかしヒヨコナビはヒヨコ同士の意見がなかなかまとまらず、また運転者が路線を間違うと「ぴーぴー」とうるさくてしようがないので、あまり好評ではないようである。
立春しました。いやー、暖かくなったなあ。いやー、よかったなあ。・・・しかし実際は寒い。しかも車自損で擦ってしまい、かなりの被害。明日は平日。たいへん行き詰まってきたぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
むかしむかし、ぶたタクも無かった時代のことでございますが、ある日、湖南の小さな川に一艘の小舟が浮かんでおりました。二人の百姓が乗っていて、村に帰ろうとしていたのです。
夕暮れ方、墓地のあるあたりを通りかかりますと、
遇一老公附舟、云、欲至驥村。
一老公の舟に附するに遇うに、云う、「驥村に至らんと欲す」と。
身分の有りそうな老人が一人、舟に近づいてきて、「驥村まで行きたいんじゃ」とおっしゃるのであった。
大方先祖の墓参りにでも来た老人であろうか、と思われ、百姓たちも気のいい者であったから、
「オーケーです。どうせおらたちの村に行く途中ですじゃ」
老人は意外と身軽に乗り込んできた。
「じいさま、お墓参りかね」
「墓参りというか行くというか、まあ、そんなもんじゃ」
「じいさま、おひとりでお出かけかね」
「お出かけというか帰るというか、まあ、そんなもんじゃ」
と話しているうちにもう驥村の橋をくぐった。
老人は、船着き場に舟を寄せさせると、目の前にある村一番の大家である厳氏の屋敷を指さして、
我入内、使家人以銭畀汝。
我内に入りて、家人をして銭を以て汝に畀(あた)えしめん。
「わしはとりあえず家に入って、家のやつらに銭を持って来させておまえさんらに払わせるから、ちょっと待っていなさい」
と言った。
「いや、じいさま、そんな気をつかわなくても・・・」
「いやいや、しめしがつかぬでな・・・」
と言っている間に、
登岸、一足践於水、濡其靴、既入。
岸に登り、一足水に践みて、その靴を濡らして、既に入れり。
ひょい、と岸に登ってしまった。その際、片っ方の足は水の表面を踏んで(←!)、靴が濡れたが、そのまま屋敷に入って行った。
水の上を歩いた?ように見えた。その瞬間、まるでじいさまの体全体が木で出来ているかのように浮いていた・・・のだが、さすがに夕暮れのこと、二人はそれぞれに「見間違いだべ」と思ったんだそうである。
そのあと、
久而不出。
久しくして出でず。
しばらくしても、誰も出てこない。
二人とも別に駄賃が欲しいわけでもないのだが、待っていろ、と言われたのでこのまま引き上げるわけにも行かず、しかたなく厳家の門を叩いて、家人を呼び出した。
適有老公附舟、入門。今安在。
たまたま老公の舟に附する有りて門に入る。いまいずくにか在るや。
「さきほどじいさまを舟に乗せてここまで送ってきたのじゃが、門に入られたはず。いまはどこにいらっしゃるべかな」
と問うてみたが、家人は訝しそうな顔で言うに、
無之。
これ無し。
「うちにはそんな老人はいないし、今家に帰って来た者もいないはずだが・・・、あれ?」
家人が見ると、
地上有足跡。
地上に足跡有り。
地面に水に濡れた靴の跡がある。
濡れているのは片足だけらしく、家の中庭の方に続いている。
「これ、何でしょうね」
循之、乃入家廟中、視厳公像、一足靴果湿。
これに循うに、すなわち家廟中に入り、厳公像を視るに、一足の靴果たして湿れり。
三人であとをつけていくと、足跡は厳家のお廟の中に続いている。廟に中央には、家を興した厳震直というひとの木像が飾られているのだが・・・、なんと、その像の片方の靴が濡れていたのである。
方知是神帰也。
まさにこれ神の帰するなりと知れり。
「いやー、墓参りしてなかったんでご先祖さまの方からお戻りになられたんですね」
厳家のひとは二人の百姓に舟賃とさらにいくばくかの金品を包んで報いたということである。
厳震直、字・子敏は洪武帝のころ、明朝創業に献身した文臣で、
累官戸部尚書、後奉使安南、死於途。
累官して戸部尚書となり、後、使を安南に奉ずるも、途に死せり。
官職を異動して民事を掌る戸部の長官となり、その後、安南に使者として派遣されたが、その途上で亡くなった、というひとである。
在官中より気さくな人であったらしいが、死後二百年を経ても、なお子孫に正道を守ることを教えようとしたのであろう。
・・・・・・・・・・・・・・
ああ、明日が平日である、というこのカレンダーが「見間違いだべ」ならなんとよかったことであろうか。もうイヤだー。車どうするべ。