イヤなことが起こると立ち向かうことはできず逃げ出さなければならない漂泊タイプである。イヤなことが起こらなければ定住できるのだが。
あと一日・・・。だがこれが長いのだ。来週以降、先行き悪くなりそうだ、というウワサも聞いたし。
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河南・衡州にショウガ売りのじいさん(「売薑翁」)がいた。その姓名は不明である。
このじいさん、
嘗荷薑担売於衡湘間、三十年来顔如花、鬢如漆、未嘗改色。人多怪之、未之奇也。
嘗(つね)に薑を荷(にな)いて、衡湘の間を担売するに、三十年来、顔は花の如く、鬢は漆の如くして、いまだ嘗て色を改めず。人多くこれを怪しむも、いまだこれを奇とはせざるなり。
いつもショウガを担いで、衡州・湘州あたりの河南の地をあちらこちら行商して歩いていたが、よくよく考えるに、この三十年間、顔は若いままだし、髪は真っ黒なままだし、少しも様子が変わらないのである。ひとびとは「どうも変だなあ」と思ってはいたが、不思議とまでは行かなくて、「まあそういうことも、あるかもなあ」ぐらいに考えていた。
ある日のこと、ショウガ売りのじいさんがとある町で商売中に、
遇道士於市上。
道士と市上に遇えり。
一人の道士が市場の片隅で、じいさんの横を通りかかった。
「ん?」
道士はけげんそうに立ち止まり、
謂翁曰、某有黄白秘術、非其人勿妄授。叟豈有心乎。
翁に謂いて曰く、「某に黄白秘術有り、その人にあらざれば妄りに授くる勿(な)し。叟、あに心有らんか」と。
じいさんに向かって言うには、
「わしは黄金と白銀を作り出す秘術を知っておる。この術は伝えてもいいという人にしか伝えないようにしておるのじゃが・・・。おじい、おまえさんはこれを学ぶキモチはお有りでないか」
これは凡人ではない、と見て声をかけたのであった。
翁黙然不応、但取担中薑一塊含口中。
翁、黙然として応ぜず、ただ担中の薑一塊を取りて口中に含む。
じいさんは黙って応えようともしなかった。ただ、背負い籠の中からショウガをひとかたまり取り出して、口の中に入れただけである。
そして、ちょっと口の中でもごもごとしていたが、
少頃吐出、変成黄金。
少頃にして吐出するに、変じて黄金と成れり。
しばらくして、「ぷう」と吐き出すと、ショウガではなく黄金の塊となっていたのだ。
「うわー、お見逸れいたちまちたー!」
道士驚遁去。
道士、驚きて遁去せり。
道士は驚いて、逃げ出して行った。
じいさんはゆっくりと荷物を片付けて担ぎ上げると、早めに店じまいしてどこかに行ってしまった。
爾後翁亦不知所之。
爾後、翁また之(ゆ)くところを知らず。
それ以降、じいさんの行方はもはや知れない。
わたしはこれを信頼できる人から聞いたので、偽り事ではあるまいと思うが、残念なことに
忘其年代也。
その年代を忘るるなり。
いつごろの事であったのか、その人にもわからないということであった。
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明・銭希言「獪園」第四より。とりあえず、黄金を作る術を持っているのに何故働いているのか、が不思議ではありませんか。
我が肝冷族は少し追い込まれると逃げ出すのが特徴であるから、このじじいも同族だったのかも知れません。