ふくろうは夜も昼もあまり動かないので、四方の海の果てまで行ったりはしないのでホッホウ。
やっと週の真ん中まで来た。しかしあと二日にいろいろキツイことがありそうなんです。涙出てくる。
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孔子が衛の国にいたときのこと、
昧旦晨興。
昧旦の晨に興(お)く。
ある朝、まだ暗いうちに起きだした。
そしてかたわらに侍している弟子の顔回に言った。
「お前にもあれが聞こえるかね」
「はい、聞こえます」
聞哭者之声、甚哀。
哭する者の声の、はなはだ哀なるを聞くなり。
どこかで、死者を悼んで声をあげて泣いているひとの声が聞こえるのだが、その声があまりにも悲哀に満ちているのである。
孔子はおっしゃった。
回、汝知此何所哭乎。
回、なんじ何の哭するところなるやを知るか。
「顔回よ、おまえには、あの声がどういう事情で泣いている声なのか、わかるかね?」
顔回はしばらく考えこむようすであったが、やがて言った。
回以此哭声、非但為死者而已。又有生離別者也。
回、以(おも)うに、この哭声、ただに死者のためにするもののみにあらず。また生きながらに離別する者有らん。
「わたくし顔回が思いますに、この泣き声は、ただ死んだひとのために悲しんでいるだけではありますまい。必ず、同時に生きながら離別する事情があるものと思えます」
孔子は訊いた。
何以知之。
何を以てこれを知るか。
「おまえはどうしてそう思うのか」
顔回は答えた。
桓山之鳥、生四子焉。羽翼既成、将分于四海。其母悲鳴而送之、哀声有似於此。謂其往而不返。回竊以音類而知之。
桓山の鳥は四子を生ず。羽翼既に成らば、まさに四海に分れんとす。その母、悲しみ鳴きてこれを送るに、哀声これに似たる有り。その往きて返らざるを謂えり。回、竊(ひそ)かに音の類するを以てこれを知れり。
「斉と魯の間にある桓山にはある種の鳥がおります。この鳥は四羽の子を産む。四羽の子鳥は羽と翼が生えそろうと、四方の海の果てまで行くために飛び立つ。その母鳥は子鳥たちを送り出すとき、二度と帰って来ないことを知っているので、たいへん悲しい声で鳴くものでございます。わたくし顔回は(その声を聴いたことがありますが、)今聞こえる泣き声は、その母鳥の声と相似しているからでございます」
孔子がひとをやって確認してみると、果たして、
父死家貧売子以葬、与之長決。
父死して家貧しく、子を売りて以て葬らんとして、これと長く決(わか)れんとするものなり。
父親が死んだのだが、家が貧乏で、葬式代のために子どもを売ることして、その子どもと二度と会えないであろう別れに泣いている母親の声であったのだ。
それを聞いて、
子曰、回也善於識音矣。
子曰く、回や、音を識るに善し、と。
先生がおっしゃった。
「いや、顔回くんはほんとによく、音声を理解しているなあ」
おしまい。
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「孔子家語」巻五より。顔回を讚める前にかわいそうな親子を何とかしてやって欲しい・・・ですが、そういう個々の事情には関わらず、そんな悲しいことが起こらないように、社会制度を整えていくのが君子のしごとだ、孔子は考えていた、という設定だと思います。
明日明後日のシゴトはちょっとツラいので、わしの泣き声が夜明け前に聞こえるかも知れません・・・。