ぶたぱんは大量に作られるが、一般に流通することは稀である。生産者がほとんどを、もごもごと一日中かけて食ってしまうからだ。腹が苦しくなっても食い続けるのである。
腹減斎です。また食い物の話をします。ほかに興味を惹くことが無いんで・・・。
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明・萬暦己亥の歳(萬暦二十七年(1599))、嵩山の少林寺に一人の僧侶がふらりと現れた。
不知何地来、亦不知何名。常穿大鞋、人呼大鞋和尚、輒応。
何れの地より来たれるかを知らず、また何(いか)なる名なるかを知らず。常に大鞋を穿(は)き、人の「大鞋和尚」と呼ぶに、すなわち応ず。
どこから来たのか、なんという名前なのか、誰も知らなかった。ただ、いつも大きなブーツを履いていて、ひとが「でかブーツ和尚さん」と呼びかけると「おう」と応えるのであった。
名前もおうちもわからない、迷子の子ネコちゃんみたいなひとでした。
この僧侶、いろいろ変なところがあって、
夜行不畏蛇虎、或六七日不帰、日屢餐不飽、即数日不食亦不饑。
夜行くに蛇虎を畏れず、あるいは六七日帰らず、日にしばしば餐して飽きず、即ち数日食らわざるもまた饑えず。
夜中に出かけても、ヘビやトラに襲われるのではないかという心配を全くしなかった。また、時に六日も七日もいなくなってしまうことがあり、あるいは一日に何回飯を食っても腹いっぱいになる様子が無く、一方で数日何も食わなくても腹を減らしているようでもなかった。
僧侶たちが経典の内容について話し合っていると、いつの間にか寄ってきて話を聞いており、
詰以法旨、必答語不多。
詰(なじ)るに法旨を以てするに、必ず答えて語多からず。
誰かが「お前はどうお考えか」と仏法の問題点を問いかけると、必ず適確な答えをする。ただし、言葉数は少ない。
ひとが多く集まって騒いでいるところは避けるようである。
また同寺には大きな釈迦牟尼仏の像があったのであるが、
缺珠飾頂。
珠の頂きを飾るを缺(か)く。
頭頂部に嵌め込まれていたタマが無くなっていた。
寺の幹部らが犯人捜しをしようとすると、
「ちょっと待ってくださいよ」
と言いまして、
於座下得之。
座下にこれを得たり。
座布団の下からそれを、ひょい、と取り出してきたことがあった。
あるいは
行大雨中、衣不濡湿。
大雨の中を行くに、衣、濡湿せず。
大雨の中を歩いて移動したのに、衣服が濡れるのはおろか湿ってさえいなかった。
壬午春、持鉢出、遂不復来。
壬午の春、鉢を持して出で、ついにまた来たらず。
壬午(1602)の春、ある日、鉢を持って出かけて、そのまま帰らなかった。
それから十三年後、少林寺僧の廣慧という者が、五台山のふもとで彼を見つけた。
「でかブーツどの」
と声をかけると
「おう」
と応えた。
色沢如前、第眉長数寸。
色沢前の如く、ただ眉の長きこと数寸たり。
顔の色つやなど以前どおりで、ただ眉の毛だけが以前より数センチ長くなっていた。
廣慧が何か話かけようとすると、
「では」
と言って、すたすたと歩きはじめたのだそうで、後を追いかけようとしたが、次の瞬間にはもう一里(600m)も先に行ってしまっていた、という。
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「続耳譚」巻四より。一日に何度食っても満足しない、というのはスバラシイ。健康な証拠であろう。