この悪党どもでも千回に一回はいいことをしてしまったりする。
週末だが明日も会社に行かねばならない。もうダメだ。涙も涸れてきた。
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今日は滅多に起こらないお話をしましょう。
春秋時代の制度では二十五家ごとに一社を建て、その戸数と田地を記した帳簿をその社に納めました。これゆえに、二十五家の領地を一書社と申します。
斉の景公、その宰相・晏嬰に言った。
吾先君桓公以書社五百、封管仲。不辞而受。
吾が先君桓公、書社五百を以て管仲を封ぜんとす。辞せずして受く。
景公はネコであったことにします。
「わたしの先代の桓公は、その宰相・管仲に五百書社(=一万戸)の領地を与えることしたのだニャー。そしたら、管仲は断ることなくこれを受けたんだニャ。
ところがいま、
子辞之何也。
子これを辞するは何ぞや。
先生はわたしが同じ領地を与えようと申し出てもお断りになられるニャ。どうしてですかニャア?」
ぶびー。
晏嬰はぶたであったことにします。
ぶた晏嬰は答えて曰く、
嬰聞之、聖人千慮必有一失、愚人千慮必有一得。意者管仲之失、而嬰之得者耶。故再拝而不敢受命。
嬰、これを聞けり、「聖人は千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有り」と。意(おも)うに管仲の失にして嬰の得なるものならんか。故に再拝してあえて命を受けざるなり。
「ぶー。わたしはこんなコトバを聞いたことがあるのでぶ。
どんな天才でも、千のことを考えたら一つは間違った答えを出す。一方、すごい愚か者でも、千のことを考えたら一つは正しい答えを出す。
と。考えてみますと、このコトバはわたしと管仲さまにこそ当てはまるのではないでしょうか。
一万戸の領地をいただいてしまったのは、名宰相の管仲さまの千に一度の失敗で、それをお断りしたのは、ぶた宰相であるわたしの千に一度の成功なのでぶ。ですから、二度拝礼して儀礼を尽くして、お断りしたのでぶよ」
ぶー。千分の一✖千分の一=十万分の一とはすごい確率で起こったことなのでございます。
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「晏氏春秋」巻三雑下より。ちなみにこれが「千慮の一失」というコトバの典拠です(一般には「史記」の方が挙げられるようですが)。ゲンダイ日本で使う「千慮の一失」とだいぶんニュアンスが違いますね。
なお、ぶたが休日出勤するとは滅多にないことであるが、明日はそれが起こるのであるから、ほかにも何か起こるかも知れない。気をつけたほうがいいかも知れませんでぶぞ。