ぶたはとんこつラーメンを、アンコウはあんこう鍋を食べているのかも知れない。ならばわれらニンゲンは・・・。
今日も寒い。こんな日に家も無く道ばたで寝ている人もいるのである。
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唐・文宗の開成四年、といいますから西暦では839年の秋のことだそうですが、長安のはずれ杜陵の名門・韋氏一族の青年が別荘から家に帰る途中に、日がっとっぷりと暮れてしまったそうなんです。腹も減ってきたし、
「困ったなあ」
と思っていると、
見一婦人素衣、挈一瓢、自北而来。
一婦人の素衣し、一瓢を挈(も)ちて、北より来たるを見る。
女性が一人、白い服を着て、手には瓢箪を持って、北の方からやってくるのが見えました。
「こんな時間に珍しいことだ」
と思っていますと、その女性は近づいてまいりまして、
「韋家の若様ではありませんか」
と声をかけてきた。
なかなかの美人である。
(さて、こんなひと知らないなあ・・・)
と思いまして、
「あなたはどなたですか」
と訊ねますと、
妾居邑北里中、有年矣。
妾は邑の北里中に居りて、年有り。
「わらわは郡の北の村に、長いこと住んでいるんですわ」
と答えて、さらに続けて言うには、
「わらわの家は決して裕福ではありませんが、村長(「里胥」)に目を着けられて、「本当は裕福であるのにそれを隠し、納めるべき税金を納めていない」とお上に訴えられてしまったんです。反訴しようと思ったのですが、家に文字の書ける者がおりません。それで悩んでおりましたところ、幸いなことに、こんなところで若様にお会いすることができました。若様は文章がお書けになります。どうぞ、「この女は無実である、話を聞いてやってくれ」と一筆書いていただけないでしょうか。それだけでいいのでございます・・・」
妾得以執詣邑長、冀雪其恥。
妾は得て以て執りて邑長に詣り、冀わくばその恥を雪がん。
「わらわはそれだけ書いていただけましたならば、その書状を持って郡長のところに行き、思う存分に論じて、訴えられた恥を雪いで来たい、と思うんです」
「それだけでいいんですか。わかりました」
韋が引き受けると、女性は
「ありがとうございます」
と言いまして、
「でも書いていただく前に、一献差し上げとうございまする」
と、
座田野、衣中出一酒卮。曰瓢中有酒、願与吾子尽酔。
田野に座し、衣中より一酒卮を出だす。曰く、「瓢中に酒有り、願わくば吾が子と酔いを尽くさん」と。
野原に席を設け、衣の中から一枚の大きな盃を出して来まして、言うには「瓢箪の中にはお酒が入っております。さあさあ、一緒に飲んで酔っ払いましょう」と。
注酒一飲韋。
酒を注ぎて韋に一飲せしむ。
瓢箪から大盃になみなみと酒を注ぎまして、韋に飲ませようとした。
「これはこれは・・・。書く前に飲んじゃっていいんですか」
「どうぞ、どうぞ」
と女はほほ笑むのでございました。
韋方挙卮。
韋まさに卮を挙げんとす。
「うっしっし、ではいただきますよ」
と韋がさかずきに口をつけようとした―――まさにそのとき、
会有猟騎従西来、引数犬。
猟騎の西より数犬を引きて来たる有るに会す。
狩猟姿の騎馬兵が、西の方から数匹の犬を牽いて近寄ってくるのが見えた。
婦人望見、即東走。
婦人望み見て、即ち東走す。
女はそれを見て、
「ああ、もう来ちまったよ、あいつら!」
と言うや即座に東の方に向かって逃げ出していってしまった。
「あ、おいおい、どうしたのだ?」
韋大恐、視手中卮、乃一髑髏、酒若牛溺之状。
韋、大いに恐れ、手中の卮を視るに、すなわち一髑髏にして、酒は牛溺の状のごとし。
韋はたいへんびっくりして、手に持ったさかずきをよくよく見てみると、なんと! それはドクロであった。注がれた酒はどう見てもウシの小便である。
「うひゃあ」
ドクロを取り落としたとき、近づいてきた騎馬兵から、
「おい、おれは天兵だが、小狐を見なかったか」
と問われたので、
「あ、あちらへ・・・」
と東の方を指さすと、兵は猟犬たちを連れて後を追って行った。
(狐であったのか・・・)
韋はそれから熱を出して寝込んでしまい、ひと月余りしてからようやく癒えた、ということである。
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唐・張読「宣室志」巻十より。こちらを参照すると、さらに勉強が深まります。→「白衣婦人」
これは秋のことだからよかったけど、これが今晩だったらもう韋の若様は凍え死んでるんではないか・・・と思います。というぐらい本日は寒い。
なお、本日、吉田松陰先生の「講孟余話」を読了。これはオモシロかった。ニンゲンとの付き合いは無いので、どうぶつや両生類にでも「ここがオモシロかった」と語ろうと思ったが、寒くてみんな冬眠中である。しかたないので、壺の中に向かって話して、春になるまで床下に埋めておきます。