虚脱感を感じつつもなんとか生きて帰ってきました。しかし明日もまたツラいのがあるんだよなあ・・・。
「さあシゴトに行くのじゃ、肝冷斎!」
「ち、おめおめとシゴトに行く肝冷斎と思うてか!」
肝冷斎は懐中から火薬玉を取り出すと、それを地面に投げつけた―――!
ぼーん、もくもくもく・・・
火薬玉からもくもくと煙が噴き出す。
「しまった、肝冷斎の姿が・・・」
「わはははは、ここじゃ、ここじゃ(ここじゃ、ここじゃ(ここじゃ、ここじゃ))」
なにしろ鍾乳洞の中である。肝冷斎の声はコダマを繰り返し、きゃつがどこにいるかわからない。
そうこうするうちに、蝙蝠が何匹が飛んできて、わしの杖の先の灯にまつわりつき、はばたきでそれを消してしまった。まわりは太古の闇に返ったのである。
「なんと、コウモリが使い魔にされおったか!」
「わはははは、はは、は・・・うっしっしっし・・・」
きゃつの笑い声がだんだんと遠のいていく。
「おのれ肝冷斎、ここまで追い込んで逃がしてしまうとは・・・」
―――しかたなく家に帰ってきました。
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さて、昨日の続き。
王勅のところに使いが来まして、臥牛山で一緒に修行していた僧侶が死にそうである、という。
「やつも相当の徳を積んでおりますからな。これはめでたいのう」
と言いながら見舞いに行きます。
面会して、王勅問いて曰く、
此行願富乎貴乎。
この行、願うは富なるか、貴なるか。
「今回のお出かけ先は、お金持ちにしますかな、高い身分にしますかな」
僧は病床にありながらにやりと笑い、
兼之。
これを兼ねん。
「両方のつもりじゃよ」
王勅しばらく目を閉じて何かを思い描いているようであったが、やがて眼を開いて、曰く、
「いいところまで行けそうじゃな・・・。しかし、
惜也、功業未満。
惜しいかな、功業いまだ満たざらん。
残念ながら、今までの功徳では満点とはいかないようじゃ」
それから、
挙筆判其背上一行。
筆を挙げてその背上に一行を判ず。
筆をとると、僧の背中に、一行の証明文を書いた。
すなわち、「此の人前身、臥牛山の僧なり」と。
その日、
僧便脱化。
僧、すなわち脱化す。
僧は現世の生から脱け出した。要するに死んだんです。
ところで、この日、皇帝の弟君である蜀王の邸宅でおめでたがあった。
果誕次子。
果たして次子を誕ずるなり。
なにかというに、次男坊が生まれたのである。
「おお、生まれたか。どれどれ・・・」
と赤ん坊を抱きあげてみて、蜀王はちょっと驚いた。
背隠隠有字現出。
背に隠隠として字の現出する有り。
赤ん坊の背中に、ありありと墨の文字が浮かんでいたからである。
「なになに、この人前身、臥牛山の僧なり、じゃと・・・?」
読み終えて
蜀王以手摩之、応手而滅。
蜀王、手を以てこれを摩するに、手に応じて滅す。
蜀王が自分の手でその文字をこすってみたところ、こするとすぐに消えてしまった。
「そうかそうか、では大きくなったら一度そこに連れて行ってやらんといかんなあ・・・」
蜀王はいかにも子煩悩らしく、にこやかに笑いながら赤ん坊の頬を撫でた・・・。
―――満点が皇太子だとすると、蜀王の長男の王太子が次点、この赤ん坊にはその次ぐらいの富貴が約束されている、というわけでございました。
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明・銭希言「獪園」第八より。魔法使い王勅の物語はもう一回だけ残りました。明日以降にご紹介いたしましょう。
昨日は本家肝冷斎を捕らえきれなかったので、帰ってきてふて寝しておりましたところ、今日は朝からじゃんじゃん電話がかかってきたので、ぶち、と電源を切ってやった。先ほど電源を戻したら職場からたくさん伝言が入っているようである。
「ふん」
わしは全部消去しました。まあ、もう辞めるんだから、会社なんかどうでもいいや。
きゃつはこの山々の彼方に、消えて行きましたのじゃ。