ドウブツたちもウツ。明日はたいへんなことになるのだ・・・。
―――ここに、必ずいるはずじゃ。
わしは呪文を唱えて杖の先に魔法の火を灯すと、それを頼りに暗い洞窟の中に入り込んだ。
群れ騒ぐ蝙蝠、ときどき頭をがつんとぶつけてしまう鍾乳石、背中にぴしゃりと水滴が落ちる。手をついたところで目の無い虫をぶちゅ、と潰してしまった・・・りしながら、小半時も進むと、鍾乳石に囲まれた広間に着いた。その広間の床には、確かに魔法陣が描かれている。
「なるほど、この魔法陣の中に隠れた、というわけか。やつにしてはよく考えたものよ」
わしは、その魔法陣を仔細に調べた。
「北西の側に歪みがあるな。やつはそこに潜んでいる―――」
杖を高々と上げて、呪文を唱えた。
なんじの重荷を淵に投ぜよ。
人間よ、忘れよ。人間よ、忘れ去れ。
忘却のすべこそ神々の下されしものなり。
なんじ高きところに住まわんとすれば、なんじの一番重きものを淵に投げ入れよ
淵になんじを投げ入れよ
神々の下されしものは、ただ忘却のすべなれば―――(※)
突然、わしの前をまるい肥ったものの影が掠め過ぎようとした。
「見つけた! やはりここにいたのじゃな!」
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と、ファンタジーは楽しいなあ。
今日は日曜日の夜、落ち着いたキモチで暖炉の側で、ファンタジーでも読んでみまちょう。ただし明の時代の漢字ばっかり読んでいるおじさんたちの、ですけど。
東斉・歴城の郷校の先生であった王勅というひとは、道教の不思議な術を知っている、というので有名であった。
若いころのこと、臥牛山という山で勉強していたとき、
与一僧為道侶。毎晨炊将熟、相与携筺同登高巌、採摘蔬菜薬草之属。
一僧と道侶たり。毎晨、炊きて熟せんとするに、あいともに筺を携えて同じく高巌に登り、蔬菜・薬草の属を採摘す。
僧侶と共同で修行生活をしていた。毎朝、飯を炊いて、炊き上がろうとするころには、「さあ行きまちょー」と、二人で竹の籠を持って高い岩の上に登り、そこで食用の植物や薬草を採るのが常であった。
そして、いつも僧に先に戻らせるのであるが、僧が住居に戻ると、
王却自内出、与開鍵。
王かえって内より出でて、ために鍵を開く。
王勅が中から出てきて、扉の鍵を開けてくれるのであった。
「いつもこうだから最近ではあまり気にしておらぬが、どうしてお前さんの方が先に戻っているのかのう?」
と、
僧訝而叩之。
僧、訝しみてこれを叩く。
僧侶は、不思議に思って質問した。
すると、
吾従間道還也。
吾、間道より還るなり。
「おいらは近道を通って来まちたのでちゅよ。不思議なことは何もないのでちゅよ」
と答えたのだが、そんな道が無いことは、二人ともわかっていて、お互いにやりと笑いあうのであった。
・・・さて、勉強も終わり、王勅は都に出て試験を受けて合格した。
はじめ翰林院にいたのですが、しばらくして地方の学校の先生に赴任しました。
一日集校諸生、遥見白雲一片起山頂上、急馳両騎、戒疾駆。
一日、諸生を集めて校するに、遥かに白雲の一片、山頂上に起こるを見、急ぎて両騎を馳せるも、疾駆を戒しむ。
ある日、学校の生徒たちを集めて教えていたのだが、遠い山の頂上に一片の白雲が涌いたのを見て、「わーい、行きまちゅよ」と、自分と、もう一人の生徒のふたりで馬に騎って出かけた。
そのとき、「まあまあ、そう急ぎなちゃるなよ」とゆっくり行くように命じたのであった。
やがて、
数里、視雲落処、断之。
数里にして、雲の落つるところを視て、これを断つ。
1〜2キロ行ったところで、雲が落ちてきた。「ここに落ちて来まちたか」と、王勅はその雲の端っこを刀で切った。
がらん、がらん。
得白石子数升、円瑩如雪。
白石子数升の、円瑩なること雪の如きを得。
雲は白い石ころに変化した。円くてぴかぴかと雪のように輝くのが、数リットルも採れたのであった。
「これを持って帰りまちゅよ」
と二人で拾って持ち帰ってまいりまして、
命庖人剉砕、煮成腐羹、遍召諸生食之。
庖人に命じて剉砕し、煮て腐羹と成し、諸生を遍く召してこれを食らわす。
料理人に命じて粉末にさせ、湯で煮てどろどろのスープにし、学生たちを全員招待してこれを食わせた。
クリームシチューのような外貌であったが、
甘美殊常。
甘美、常に殊なり。
ちょっと普通でないぐらい美味かった。
「これ、うまいっす」
「たまんないっすよ」
諸生請問何薬、王曰、此雲母也。
諸生、何の薬なるかを請問うに、王曰く、「これ雲母なり」と。
学生たちが「これは何のスープなんすか?」と教えを請うと、王勅答えて曰く、「これこそ雲母(うんも)なんでちゅよ」と。
その年、学生たちの中に一人として体調を崩す者は出なかったという。
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明・銭希言「獪園」第八より。この魔法使い王勅のファンタジー、まだ続きます。明日(以降)をお楽しみに〜。
―――洞窟の中、突如現れて、わしの松明の前で不安げに怯えているのは、誰あろう、地下に潜って久しい本家・肝冷斎そのひとであった。
「くっくっく、やっと見つけましたぞ、御本家」
「な、なにを言っているのでちゅか(ゴワ)、おいらは洞のほら蔵と申す名も無き者にござりまちゅるが(ゴワゴワ)・・・」
そいつは新聞紙の服を着ているので、動くたびにゴワゴワいうのであった。
「ええい、未練であろう、肝冷斎。よいか、明日の月曜日は朝からすごいツラい仕事があるのだ。職場からも明日は絶対出てこいとのお達し。しかし一族はみな誰も行こうとしない。こうなってはお前を行かせるしかないのじゃ!」
ああ、なんという非道な一族の掟であろうか。
※フリードリッヒ=ニーチェ「デュオニソス頌歌」より。
・・・ということです。明日はすごいツラいんです。明日帰ってこれたらまた更新も出来ましょうが、絶対にムリなんですなあ。人生に諦めがつきましたなあ。
みなさん、さようなら。