「虫の将に死なんとするや、その言やよしと云ふ。キリギリスよ、おまえも滅びる前になにか云うでアリ」「アリ」「アリ」「アリ」
会社から電話がかかってきて「足冷斎くんが来ないので、誰か代わりに来てくれますか」というのである。「そんなことできるか!」と言いたいところだが、相手は巨大な力を持つ。わしは
「へ、へい。きょ、今日はお休みさせていただいて、月曜日から誰か出勤いたしやす」
「では今日は有休にしておきますから、月曜日は必ず来てくださいよ」
と言って電話は切れた。週末だというのに、気の重い宿題である。一族の誰もシゴトなど行きたがらないのだ。どうやって処断すればいいのであろうか・・・。
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むかしのことですが、常樅(じょうしょう)が病気になった。
常樅は老子の若いころの先生である。
老子曰先生疾甚、無遺教語弟子乎。
老子曰く、「先生疾甚だし、弟子に語を教えて遺す無きや」と。
(若いころの)老子は言った。
「先生の御病気は重篤でございます(。もう助かりますまい)。わたしども弟子に何かありがたいお言葉を遺していただけませんでしょうか」
常樅は微笑して、
乃張其口示老子。
すなわちその口を張りて老子に示す。
ただちに自分の口を大きく開けて、老子に見せた。
そして曰く、
舌存乎。
舌、存せりや。
「舌はあるかな?」
老子は答えた。
存。
存り。
「ございます」
豈非以軟耶。
あに以て軟なるに非ずや。
「(舌は)柔軟なものだと思わないか」
「はあ・・・」
それからまた言った。
歯亡乎。
歯、亡きか。
「歯は無いだろうか?」
答えて曰く、
亡。
亡し。
「もう先生に歯は残っておられません」
豈非以剛耶。
あに以て剛なるに非ずや。
「(歯は)剛直なものだと思わないか」
「はあ・・・」
常樅は言った。
「柔軟なものがあり、剛直なものがある。この二つのものを見習えば、
天下事尽矣。
天下の事、尽せり。
天下のことは、それで終わりである。」
「はあ・・・」
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「説苑」より。
舌と歯だけで天下の事が尽くせる―――と同じように、いろんなことが一つ二つの尺度だけでたやすくスカッと処断できるのなら、ひとの世ももう少し生きやすいのではありましょうが。