「さあさあブタ西郷どん、もっともっと、体を壊すぐらい食いなさい。君は見どころがあるぞ」「ぶう」
今日もやらかしてしまった。仕事の失態が積り積もって、もうそろそろ致命傷。これを癒せるモノはもはやあるまい。おいら、コドモなのになあ。
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清の時代のことでございます。
陳雪巌というひとはもと何の職にもつかず、貧しくして落魄していたのであるが、あるとき
「百草方」(「百の薬草の処方」)
という書物を入手して、以降、医者をなりわいにした。
然庸而殺人不勝屈指。
然るに庸にして人を殺すこと屈指にたえず。
しかし凡庸な医者で、処方を誤って患者を殺してしまったこと、あまりに多数で指で数えられるような数ではなかった。
その雪巌も死にました。
彼の死後半年ほどしたころ、友人であった毛矮三(毛家の三番目のチビ)が商用の旅から帰ってきた。
家に落ち着いて旅の疲れが出たのか、どうも吐き気がおさまらず、
次日扶病出就医、途中忽遇雪巌。
次日病を扶して出でて医に就かんとするに、途中たちまち雪巌に遇う。
次の日、体調の悪いのをおして医者に行こうとして、途中で突然、雪巌に出会った。
「や、雪巌ではないか」
「毛か、久しぶりだな」
把臂道故、啓嚢授枯草三四種。
臂を把りて故を道い、嚢を啓きて枯草三四種を授く。
腕をとりあっていろいろ話をしあったが、体調が悪い話をすると、雪巌は提げていた袋を開いて、枯れた草を三四種類出してきた。
そして、その先の方をすりつぶして、かくかくの薬と混ぜて服用するよう勧めたのであった。
「そうか、ありがとう」
矮三は雪巌と別れて、往訪する予定の医者に行くのを止めて、とりあえず家に帰った。
家人らにもらった薬草を見せながら雪巌の処方を告げると、みな驚いた。
「だ、だんなさま、本当に雪巌さまにお会いになったのですか?」
雪巌死久矣。安得遇之。
雪巌死すること久しきかな。いずくんぞこれに遇うを得ん。
「雪巌さまはずいぶん前に亡くなられたんですぞ。どうしてお会いできることがありましょうか」
「ええ!? いや、しかし、生きていたぞ」
疑問に思って雪巌の家に行ってみると、家の中庭には幕を張って、そこに雪巌の画像が懸けてある。その姿はたいへんゆったりとしていて、矮三の知っている、町中で酔っ払って怒鳴っている彼の姿とはまったく違っていた。
「これは毛さま。ご弔問いたみいります・・・」
とその家族に言われて、ようやく
知遇鬼。
鬼に遇うを知れり。
幽霊に出会ったのだ、とわかった。
とはいえもともと親しい間柄であったから、幽霊に遇ったからといってイヤな気はしなかった。
ただ、
其生前医術庸、鬼有五通、或死則良於生也。
その生前医術庸なるも、鬼に五通有り、あるいは死すれば生けるよりも良ならん。
彼が生前、ひどい藪医者であったことを思うと、彼の処方を信用していいものかどうか悩ましい。
「しかし、幽霊には五通(過去のこと、未来のことなど五種類の秘密を知る能力)があるというからな。もしかしたら死んで、生きていたときよりは腕が上がっているかも知れん」
あの世から戻ってきてまで教えてくれたのだから、さすがに自信のある処方であろう、と思い直して、
遂再拝帰、以所授草拉雑煎服之。
遂に再拝して帰り、授くところの草を以て、拉して雑え煎てこれを服せり。
雪巌の画像を二回拝んで家に帰り、先だってもらった薬草を取り出して、言われたとおりにほかの薬剤と混ぜて煮込み、服用してみた。
服用して、すぐ効果があった。
「う・・・、こ、これは・・・、ぐ、ぐわわわ」
毛は、異様に苦しみ出したのである。
大吐、腸欲嘔断、幾瀕於死。
大いに吐き、腸も嘔断せんとし、ほとんど死に瀕せり。
内臓がばらばらになって吐き出されるのではないかと思われるぐらい激しく吐瀉し、ほとんど死人のようになってしまった。
雪巌の幽霊のくれた薬草は、どうやら猛毒であったのだ。
百薬療救数十日尚不愈。
百薬療救すること数十日なるもなお癒えず。
数多くの薬を(ほかの医者から)調合してもらって数十日にわたって治療に務めたが、よくならない。
ほとんど呼吸をするだけで、声を出すこともできないほど弱ってしまって、家人らはもう諦めていたが、ある晩、
其幼子溺尿床頭所置糖橘餅上、黒暗中誤共食之、覚味甚苦而臭。
その幼子の尿を、床頭に置くところの糖橘餅の上に溺するに、黒暗中誤ちてこれを共に食らい、味の甚だ苦くして臭きを覚えたり。
毛のまだ幼いコドモが、枕もとに置いてあった砂糖漬けのみかん餅の上にしょんべんをひっかけたのだが、毛は暗闇の中で飢えを覚え、手探りでモチを取り、ひっかかったしょんべんもろともこれを齧って呑み込んだ。ところが甘い砂糖漬けのはずが、苦くてきつい悪臭がする。
「なんだ、これは」
呼燭視。
燭を呼びて視る。
「灯りを持って来い!」と言って燭台を持ってこさせてよくよく見るに、しょんべんがひっかかっているのであった。
「うひゃ、これは汚い」
「うっしっしー、おいらがひっかけちゃったの」
「おまえか」
怒撻其子。
怒りてその子を撻つ。
頭に来て、コドモをムチでぶった。
「うわーん、やめてくだちゃいよう」
「ばかもん! 病人の枕もとにいたずらしおって・・・・・あれ?」
罵失声而呃逆即此止。
罵して声を失うに、呃逆即ちここに止まれり。
叱っているうちに毛の怒り声が止んだ。吐き気がまったく治まっているのに気付いたのであった。
コドモのおしっこが雪巌の猛ヤブ薬の効果を中和したんだということです。
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清・朱海「妄妄録」巻一より。
この人でさえ癒される薬があったわけですが、おいらの失態にはつける薬も無い・・・。
心よ、おまえ、おびえた鳥よ、くりかえしおまえはたずねなければならない、
こんなに激しい日々ののち、いつ平和が来るのか、安らいが来るのかと。 (ヘルマン・ヘッセ「憩いなく」(高橋健二訳))
ヘッセ先生によれば、「安らい」はやがて来るそうなんです。われらが土の下に眠るときに。