ほんとうのことも少しはある・・・?
出かける前に朝から更新。
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周公が宰相(冢宰)の地位にあってもろもろの役人たち(「百工」)を監督しておられたころ(なので、紀元前11世紀の周王朝のはじめ、成王のころのことですが)、
群叔流言。
群叔流言す。
王の叔父さまたち(周公の兄弟に当たる)が、周公を陥れようといろんなデマを流した。
ことがありました。
周公さまは反撃され、管叔を商の地で死に至らしめ、蔡叔を捕らえて車七台分の資材を持たせて遠い郭隣の地に流し、霍叔を庶民に落として三年の間一族から追放したのでございます(←これらは「史記」にも書かれているので、歴史的事実なのでございます(と信じられてきた))。
ただ、蔡叔の子である蔡仲については、つつしみぶかく徳を奥に持っていたので(克庸祗徳)、周公さまは彼を取り立てて王朝の重臣である「卿士」とし、蔡叔が流謫地で亡くなった後は、王に申し上げて、彼を蔡の地の領主に命ずることとした。
そこで、王はおっしゃった―――。
小子胡、惟爾率徳改行、克慎厥猷。
小子胡よ、これなんじは特に率(したが)い行を改め、よくその猷(みち)を慎しめり。
「胡」は蔡仲の名前。
胡の小僧よ、おまえはよくぞ徳にしがたい(父の)行いを改めて、道にはずれないように慎んでいるぞ。
そこで、おまえに東の方の領主を命じようと思う。
出発して、その地を敬しんで治め、前人(父のこと)のあやまちを覆いつくしてくれ。
惟忠惟孝、爾乃邁迹自身、克勤無怠。
これ忠これ孝、なんじすなわち身を自(もち)て邁迹し、よく勤めて怠る無かれ。
王に忠に、我が一族の祖先に孝に、おまえは自分の身を以て行い進み、マジメにやってさぼったりするでないぞ。
子孫たちの模範となるのだぞ。
祖先の文王さまの教えを守り、おやじのようなことをしでかすでないぞ。
よく聞くがよい。
皇天無親、惟徳是輔。 皇天親無く、これ徳をのみこれ輔(たす)く。
民心無常、惟恵之懐。 民心常無く、これ恵にのみこれ懐く。
大いなる天にはひいきはない。徳のある者だけを助けるのだ。
人民たちの心は常に変動する。恵み深い者だけに心を委ねるのだ。
この原則さえわかっていれば、
為善不同、同帰于治。為悪不同、同帰于乱。
善を為すは同じからざるも、同じく治に帰さん。悪を為すは同じからざるも、同じく乱に帰さん。
いろんな手法はあるが、よくやれば必ず治まるものである。一方、いろんな手法で悪くやれば必ず秩序が乱れていくものであるのだ。
―――清の時代の元号「同治」(1862〜1874)の典拠になっているコトバ。
よく注意してくれよ。
慎厥初、惟厥終、終以不困。不惟厥終、終以困窮。
その初めを慎み、その終わりを惟(おも)えば、ついに以て困ぜず。その終わりを惟わざれば、ついに以て困窮せん。
はじめるときに慎重に、ようく終わり方を考えて物事を行えば、最後に困ることは無いだろうが、終わり方を考えていないと、最後に困ったことになるものだから。
おまえは成績を挙げ、四方の隣国と親しみ、そうして王室のまがきとなり、同族の兄弟国と仲良くし、人民たちを救済し、中庸に従って行ってくれ。
無作聡明乱旧章、詳乃視聴、罔以側言改厥度。
聡明を作して旧章を乱すこと無く、乃(なんじ)の視聴を詳らかにし、側言を以てその度を改むること罔(な)かれ。
こざかしいことをして古来からの決まり事を乱してはならない。おまえ自身の目と耳をすまして、横から入ってくるコトバによって判断基準を変えてしまうことのないように。
わしはおまえに期待しておるのだ。
王曰、嗚呼、小子胡、汝往哉。無荒棄朕命。
王曰く、嗚呼、小子胡、なんじ往かんかな。朕命を荒棄すること無かれ。
王さまはあらためておっしゃった―――、
ああ。胡の小僧よ、おまえは行くがいい。わしの言ったことを忘れ捨て去ることの無いように。
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「尚書」第十九「蔡仲之命」(蔡仲への任命の書)。最近「尚書」(いわゆる「書経」)を勉強していたので、時間のある土曜日にご紹介してみました。
紀元前11世紀にしては「忠孝」とか「皇天が徳ある者のみを助ける」とかすごく合理的で漢代以降の文章のような感じがする―――のも当たり前で、この「蔡仲之命」は後漢・三国ごろに反鄭玄派によって先秦の書物を参考に作られた「偽古文尚書」といわれるものなんです。「尚書」は今文とか古文とかテキストの由来が難しいのですが、実は現在残る五十八篇のうち、二十五篇は「今文」でもなく「古文」でもなく「偽古文尚書」だ!(清代の考証学者たちが見破ったんです)というのですから、ちょっとオドロキます。