平成27年10月17日(土)  目次へ  前回に戻る

コドモやオロカ者の国では、そんなことはありえないことが起こる?

今日はまず「うっしっしコドモ八人衆」の一人、頭冷童子が更新を担当いたちまちゅね。

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さてさて、明の嘉靖(1522〜1566)の初めころに、河南・扶溝出身の李福達というひとがいました。もと朝廷の千侯(千人隊長)をしていたが、

能分身散影、役使山魈、坐致行厨、興騰雲雨、飛砂走石。

よく身を分かち影を散じ、山魈を役使して坐して行厨を致し、雲雨を興騰せしめ、砂を飛ばし石を走らせしむ。

自分の体を何体も出現させ、影をばらばらにし、山の精霊を使うことができるらしく、その場を動かずに食べ物を準備させたり、雲や雨をおこし、あるいは砂や石を飛ばしたり転がしたりもできた。

わーい、ニンジャみたいでちゅー。コドモは純粋でオロカなのでこういう荒唐無稽なお話は大好きです。

このひとは嘉靖朝の政争に巻き込まれて獄に入れられましたが、術を以て脱走して宮中に入り込んだりしたので、あきれた皇帝に死罪を許されて雲南に流されました。

しかし彼は雲南にじっとしてはいなかったらしく、江浙の上海や蘇州でいろんな不思議なことをしてのけて、それらの行為が後の世に伝わっておりまーちゅ。

第一話 移樹(木の移し替え)

上海の朱尚書の家に泊まったときのこと。

この家の正門の前には、それぞれ木陰に何頭もの牛を休ませることのできるほどの二本のエンジュの大木があって、正門をふさぐように繁っていたので、朱尚書さまは家の発展を妨げるのではないかと心配しておられた。

そこで、尚書は李福達に

樹可徙乎。

樹、徙すべきか。

「あの木をどこかに移したいのですが、なんとかなりませんかな?」

と相談した。

福達は

何為不可。

なんぞ不可と為さんや。

「なんでもできますよ」

と答え、さらに

「尚書どのがどうしても移ってほしい、と念じられるなら、今夜のうちに移らせましょう、うっしっし」

と請け合ったのである。

其夜風雨晦冥、雷霆震吼。

その夜、風雨晦冥にして雷霆震え吼ゆ。

その夜は、一晩中風と雨が激しく、真っ暗で、雷があちこちに落ちた。

凌晨起視、則二樹已在後門矣。

凌晨起視するに、すなわち二樹すでに後門に在り。

朝になってみなが起き出してみたら、二本の木はいつの間にか裏門の方に移っていたのであった。

「うひゃあ」

挙家怪愕。

挙家怪しみ愕(おどろ)く。

朱家のひとびとは一同、大いに不思議がり、驚いた。

李福達は得意げに、

「この福達がいる限り、こんなことはたやすくできるのでござりますよ」

と言って、それからまた「うっしっし」と大笑いしたそうである。

さてさて、ところがやがて、

福達去後、此樹依然在前門旧処如故。

福達去りて後、この樹は依然として前門の旧処に故(もと)の如く在り。

福達が朱家からいなくなった後、この二本の木、いつの間にかもとどおり正門の前に戻ってしまった。

大木が二本、一夜にして移動し、またいつの間にか元に戻る。

遠近目睹詭異、不測其然。

遠近詭異を目睹するも、その然るを測られず。

近所のひとも離れたところのひともこの不思議なことをその目で見たのだが、いったいどうしてそうなったのかを説明できるひとなどいなかった。

のでありまちた。

このことは、

董翰林其昌聞諸故老、向希言説。

董翰林其昌、これを故老に聞き、希言に向かいて説く。

この事件を「わしは実際に見た」という老人から聞いた、という翰林の董其昌くんからわし(銭希言)が直接聞いたことである。

から、ほぼ確実におそらく本当のことであろうと思われまちゅる。

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明・銭希言獪園」巻二より。

いなくなったら元に戻るのですから、結局のところ自然環境に影響を及ぼさないので、地球にやさしい術であるといえまちゅね。

李福達伝説はあと十二話ありまちゅ。が、コドモは早く寝ないといけないので、今日はここまでー。

 

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