なにか釣れればまだいい方だ。
職場のひととちょっとだけ飲み会。五島うどんおいしうございました。五島うどんはあご(トビウオ)出汁が美味い!
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春秋の時代のことでございます。
孔子の弟子の宓子賤(ひつしせん)は師の勧めで単父の宰(知事)に命じられた。
その赴任の途上、馬車をめぐらせて陽昼という漁師のもとを訪ね、宰としての心構えを問うたそうなんです。
陽昼答えて曰く、
「さてさて、わしは若いころから身分は低く、民を治める術など知りませぬなあ。ただし、
有釣道二焉。
釣りの道に二有り。
魚釣の際に、二つのパターンがある、ということは知っておりまする」
子賤曰く、
「それはどういうことですかな?」
陽昼曰く、
夫扱綸錯餌、迎而吸之者也、陽橋也。其為魚薄而不美。
それ綸(りん)を扱(あ)げ餌を錯(お)くに、迎えてこれを吸う者や、陽橋(ようきょう)なり。その魚たるや薄にして美ならず。
「綸」は釣り糸。「錯」はここでは「措」の代わりに使われており、「措」は「置く」、「放置する」の意。「陽橋」は魚の名で、白い小魚であるという。
「まず、釣り糸を引いてエサをつけたまま放置しておいても、どんどん吸いついてくるのは「陽橋」という魚ですのじゃ。この魚は、肉が薄く、味が悪い。
若存若亡、若食若不食者、魴也。其為魚也博而厚味。
存するがごとく亡きがごとく、食らうがごとく食らわざるがごとき者は、魴(ほう)なり。その魚たるや博にして厚味なり。
そこに棲息しているのかいないのかわからず、エサに食いついたか食いついていないかもわからないようなソフトな当たりがあったら、「魴」という魚ですのじゃ。この魚は、肉が多く、味はふくよかである。
わしらはもちろん、「陽橋」より「魴」を得たいと思うものですなあ」
宓子賤曰く、
善。
善し。
「これはいいことを聞かせていただいた」
こうして単父の地に赴任していったのだが、
未至単父、冠蓋迎之者交接于道。
いまだ単父に至らざるに、冠蓋してこれを迎うる者、道に交接す。
まだ単父の地に到らないのに、日傘を差したてて新しい知事を出迎えようとする者が、道路に重なりあって待ち構えていた。
宓子賤、御者に言う、
車駆之、車駆之、夫陽昼之所謂陽橋者至矣。
車を駆れ、車を駆れ、それ陽昼のいわゆる「陽橋」なる者至れるなり。
「馬車を止めるな、馬車を止めるな。陽昼どのがおっしゃっていた「陽橋」という魚が寄ってきたのだ」
出迎えのひとたちの前で停まることなく、馬車は単父の町に入った。宓子賤はただちに
請其耆老、尊賢者、而与之共治単父。
その耆老を請い、賢者を尊び、これと共に単父を治む。
長老たちを呼び出して、彼らの推す有能者を尊重し、そのひとたちと協力して単父の町を治めたのであった。
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漢・劉向「説苑」巻七「政理篇」より。
美味いアゴ出汁が尊重されるように有能なひとは尊重されるべきであります。しかして、わたしどもがホントウに気にするべきは、「出迎えに行った無能なひと」と「出迎えに行かなかった無能なひと」とでは、どちらが尊重されたのだろうか、ということであろう。