ハニワだって大地の上に住んでいる。
今週はまだ二日しか経ってないのに、うつうつと不満と不安が溜まってまいります。なんかブッとんだお話でも読んで早く寝る!
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漢の文帝(在位前180〜前157)のときのことでございますが、帝は「老子」が大好きだったそうで、自らも熱心にお読みになったが、みことのりして皇族のみなさまや大臣がたにも読むように勧められたという。
ところが、
有所不解数事、時人莫能道之。
解かざるところ数事有るも、時人よくこれを道(い)うなし。
どう理解すればいいかわからないところが何点かあって、これをいろんな人に訊ねたが、周囲に答えられる人はいなかった。
「誰か朕に教えてくれるひとはないか」
とのお言葉に、あるひとが帝に申し上げたことには、
「黄河のほとりに河上公(河のほとりのお方)というひとがいるそうでございます。
莫知其姓字、解老子経義旨。
その姓字を知るなきも、老子経の義旨を解す。
その姓と名は誰も知りませんが、このひと、「老子」の意味・趣旨をたいへん理解しているということでございますぞ」
と。
そこで帝は早速、使者に質問を言伝て、河上公を捜しだしてこれに問わしめた。
河上公曰く、
「うひひ・・・。
道尊徳貴。非可遥問也。
道尊く徳貴し。遥問すべきにあらざるなり。
道は尊ぶべきもの。徳は貴重なるもの。遠いところからお訊ねになるようなものではございますまいなあ」
そして使者の質問に答えようとしなかった。
そのことを伝え聞いた帝は
「なるほど。そうかも知れぬ」
と頷きまして、
即幸其庵、躬問之。
即ち其の庵に幸し、躬(みず)からこれに問えり。
すぐに河上公の居所に行幸され、みずから彼にご質問することにした。
帝はまずおっしゃった。
普天之下、莫非王土、率土之濱、莫非王臣。域中四大、王居其一。子雖有道、猶朕民也。不能自屈、何乃高乎。
普天のもと、王土にあらざるなく、率土の浜、王臣にあらざるなし。域中の四大、王はその一に居る。子、道有りといえどもなお朕の民なり。自屈するあたわずして何ぞすなわち高きをなすか。
(「左伝」や「孟子」には)「天が下はあまねく王の領土でない場所はなく、辺鄙な海岸に住む者でも王の臣下でない者はない」という言葉がございましょう。また、世界には「四つの大いなるモノ」がございますが、王者はそのうちの一つです。あなたは道を会得しておられるとはいうが、それでも朕の国の人民です。自らへり下ってくださらず、どうしてそんなにエラそうになさるのか。
ちなみに「域中に四大有り、王はその一に居る」はほかならぬ「老子」の第二十五章にある言葉である。
すなわち、
道大、天大、地大、王亦大。域中有四大、而王居其一焉。人法地、地法天、天法道、道法自然。
道大なり、天大なり、地大なり、王もまた大なり。域中に四大有り、しかして王はその一に居る。人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。
道は大いなるモノである。天は大いなるモノである。地は大いなるモノである。そして(人間の首長である)王もまた大いなるモノである。世界には四つの大いなるモノがあるが、王はそのうちの一つであるのだ。そして、(王に率いられる)人間は地をお手本とし、地は天をお手本とし、天は道をお手本とし、道は自然(宇宙のおのずからそのままの在り方)をお手本として存在しているのである。
うひゃー。
これは確かに何を言っているのかわからん。文帝ならずとも誰かに訊いてみたくなりますよ。
さて。
帝にそのように問われた河上公、「うひひ・・・」と不敵に笑い、
撫掌坐躍。
掌を撫でて坐して躍れり。
てのひらをこすり合わせると、座ったまま何やら体を動かした。
すると―――
冉冉在虚空中。去地数丈。
冉冉として虚空中に在り。地を去ること数丈なり。
だんだんと体が空中に浮き上がり、地面から数メートルのところに浮遊した。
そして、空を見上げ、次いで地面を見下ろして、曰く、
余上不至天、中不累人、下不居地。何民臣之有。
余、上は天に至らず、中は人に累せず、下は地に居らず。何ぞ民臣これ有らんや。
「わしは、上は天にまでは昇っておりませんなあ。中はニンゲン社会に御迷惑をかけてはおりませんなあ。下は地面の上にいるわけでもない。どうして王の民だといわれるのかな?」
一休さんのトンチみたいでちゅねー。
帝は「おお」と声をあげると、
乃下車稽首曰、朕以不徳、忝統先業、才小任大、憂於不堪。雖治世事而心敬道、直以暗昧、多所不了。唯願道君有以教之。
すなわち下車し稽首して曰く、「朕は不徳を以て先業を統ぶるを忝(かたじけ)のうし、才小にして任大、堪えざるを憂う。世事を治め心に道を敬うといえども、ただに暗昧なるを以て多く了せざるところあり。ただ願わくば道君の以てこれに教うる有らんことを」と。
ぴょん、と馬車から飛び降りて、アタマを地面にすりつけて土下座して、のたまわった。
「朕は不徳の人間でございますのに、かたじけなくも先帝たちの事業を継いで、才能は小さいのに任務は大きく、対応できないのではないかと日夜に心配しております。世俗の事件を片付け、一心に道を敬っておりますが、やっぱりアホですので、わからないところがたくさんございます。もはや道を理解せるあなたさまにお教えいただくことだけが願いなのでございます!」
その謙譲の姿を見て河上公はにこりと微笑まれ、
「大いによろしい」
として、帝を扶け起こされた
ここにおいて河上公は帝に二巻の書を授け、帝は得てこれを学び、ついに唐の太宗と並び称される歴代屈指の名君、とうたわれるに至ったのでございます。
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晋・葛洪「神仙伝」より。
今年はじめてご紹介する「稗史小説」です。ああオモシロかった。やっぱりこういうヘンテコな話を読まないと「漢文読んだー」という気になりませんよね。