夜風が身に沁みるぜ。
今日は風が強い。木枯らしであろう。冬が来たのだ。シゴトの木枯らしで心も冬なのだが。
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風の強い日には思い出す物語があるぜ。
むかしむかしのことだ。
石氏女為尤郎婦。
石氏の女、尤郎の婦と為る。
石氏のむすめ、尤家の若者に嫁入りした。
似合いのめおとと評判であったが、
尤為商。遠出。妻阻之、不従。
尤は商たり。遠く出づ。妻これを阻むも従わず。
夫の尤は商人だったから、やがて新妻を残して遠く旅に出ることになった。女房の石氏は行かないように願ったが、聞かれなかった。
「シゴトだからな。春には帰ってくるよ」
と言い置いて尤は出て行ったのであったが、
郎出不帰。
郎出でて帰らずなりぬ。
若者は旅に出て、いつまで経っても帰ってこなかった。
やがて、
石病且死。
石病み、まさに死なんとす。
女房の石氏は病いの床に就き、死のうとしていた。
死の間際に、石氏は、苦しい息の中で言うたのだ、
吾恨不能阻郎行。後有商賈遠行者、吾当作大風以阻之。
吾恨むらくは、郎が行を阻む能わざりき。後に商賈の遠行する者有らば、吾まさに大風と作りて以てこれを阻まん。
「・・・あたしは悔しいけど、あのひとが旅に出るのを止められなかった。だから・・・これから先、遠く旅に出ようという若い商人がいたら、あたしはその妻のために、強い風を吹かせて、必ず旅に出られなくしてあげる・・・」
そうして彼女は息絶えたのだ。
それから何百年も時は流れたが―――
自後行旅遇逆風、曰、此石尤風也。
自後、行旅の逆風に遇えば、曰く、「これ石尤風(せきゆうふう)なり」と。
今に至るまで、旅びとの乗ろうとする船が、逆風に遇うて出帆できぬとき、船乗りたちは言う
「石尤風(石氏と尤郎の吹かせる風)が吹きはじめたぜ」
と。
そんなときは必ず、船客の中に新妻を残して旅に出る夫が混ざっているのだそうである。
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元・郭霄鳳「江湖紀聞」より(これを引用した「容斎詩話」をさらに引用した明・張岱「夜航船」巻一より引用)。
夜も更けましたが、まだ窓の外はぶうぶうとブタの唸るような風が已みません。
ある日たうとう冬が来た
たしかに来た
鳴りひびいて
海鳴りは昼の間も空をあるいてゐた (室生犀星「故郷にて冬を送る」)
この冬が穏やかな冬だといいのですけどね。ほんとに。もちろん心の中を含めてですが・・・ムリか。