ぶちゅっとお手討ちも・・・
昨日は一回休ませていただきました。宮仕えのシゴトがツラくて・・・。
どうせ宮仕えするなら↓みたいにかっこいいことやってみたいですね。
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陳の轅頗(えんぱ)というひと、司徒(宰相)となって、
賦封田以嫁公女、有余、以為己大器。
封田に賦して以て公女を嫁すに、余り有りて以て己の大器を為(つく)れり。
陳の封建された領内一帯の田に税金を割り付けて、公女さまの嫁入りに資金にしたことがあったが、余った分を流用して、でかい青銅器(鼎の類)を作って私物化してしまったことがあった。
紀元前484年夏のこと、楚と呉の間の外交問題から国内が乱れ、司徒・轅頗は
国人逐之、故出。
国人これを逐い、故に出づ。
国民によって追放されたため、国外に亡命した。
鄭の国に亡命したのである。
その途上、腹が減ってきました。のども渇いてまいりました。
休息をとろうとしたところ、
其族轅咺進稲醴、梁糗、段脯焉。
その族・轅咺(えんけん)、稲醴(とうれい)・梁糗(りょうきゅう)・段脯(だんほ)を進む。
一族の轅咺(えんけん)が追いついてきて、稲から作った甘い酒、キビの干し飯、香料をつけた干し肉を出してきた。
轅頗は大いに喜んでそれらを飲食しながら、
何其給也。
何ぞそれ給するや。
「どうしてこんなものを用意して出すことができたんや?」
と問うた。
いずれも時間をかけて作らねばならない携帯用の飲食物だったからである。
轅咺はアタマを掻きながら答えた。
器成而具。
器成りて具う。
「例の青銅器が出来たときに準備をはじめました」
横流しで青銅器を作ったときから、亡命に旅に出ることを予期して携帯用の飲食物を作りはじめたのだというのだ。
「ふむ・・・」
轅頗は粛然たる面持で言うた。
何不吾諌。
何ぞ吾を諌めざる。
「そこまでわかっていたのなら、どうして横流しなど止めるようわしに諫言してくれへんかったんや?」
「はあ・・・」
轅咺、またアタマを掻いて、苦笑しながら答えた。
懼先行。
先行を懼るなり。
「あのときそんなことを申し上げたら、その時点でわたしが、あなたの手で追放させられていたことでしょう」
と。
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おちまい。
「春秋左氏伝」哀公十一年(紀元前484)夏条より。この話の続きでもあります。
あわわ。この二人は信頼関係があったのでしょうが、わたしどもがこんな傷口に塩すりこむようなことしたら、間髪を入れずに
「ぶちゅっ」
と切られるよ。クビを。(切られた方が幸いなときもあるカモ)
明日所用で休みます(シゴトではない)。