←いつの日にかよい夢を見ることができる日が来るのだろうか・・・。
しごとつらい。来週はもっとつらいらしい。来週も悪夢のような日々が続くのなら、もはやこの世から逃げ出したい。
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とりあえず今日も夢のお話でもしておきますかなあ。
―――清の康熙年間、尹廷一という若者がおりましたそうな。
学問をして科挙試験を受けるのだが、何度受けても受からない。
科挙試験は試験場に泊まり込んで受けるのですが、
毎逢下場、必夢神授一葫蘆。
下場に逢うごとに、必ず夢に神の一葫蘆(ころ)を授くをみる。
試験の最終日の前の晩、必ず夢を見る。その夢の中では、白いヒゲの神様がニコニコしながら尹に一個の葫蘆、すなわちひょうたんを手渡してくれるのだ。
それをもらうと何かいいことがありそうな気がする・・・
のだが、試験結果が発表されると、やっぱり落選しているのであった。
何度も試験を受け、何度も夢を見、何度も不合格、を繰り返しているうちに、不思議なことに気がついた。
屢夢則葫蘆愈大。
夢をしばしばするに、すなわち葫蘆いよいよ大いなり。
夢に出てくるひょうたんが、みるごとにどんどん大きくなってきているようなのである。
さて、もう中年の年齢にさしかかった尹廷一、雍正甲辰の年(1724)にまた試験を受けた。
そして最終日の前夜、
尹恐又夢、乃坐而待旦。
尹、また夢みるを恐れ、すなわち坐して旦を待つ。
尹はまた例の夢をみるのを恐れて、横にもならずにずっと起きたままで朝まで目を覚ましていた。
そうしてやっと試験を終えて会場から出てまいりました。
「だんなさま、ご苦労ちゃまでちたー」
と使っている童子(原文では「小奴」)が会場の前で出迎えてくれた。
「ありがとう。今回はいつもよりも出来たと思うんだが・・・」
と尹が眠そうに言うと、童子、大声で言うには、
「大丈夫でっちゅよ、おいら、今日の朝方、
夢見一个葫蘆、与相公長等身。
夢に見る、一个の葫蘆の、相公の長(たけ)と等身なるを。
ひょうたんの夢を見たんでっちゅ。でかいひょうたんで、だんなさまの背丈と同じぐらいもありましたよ。
そのひょうたんを、白いヒゲの神さまがニコニコしながらだんなさまに渡そうとしていまちた。きっといいことがありまちゅよー!」
「うひゃーーーーー!」
それを聞いて、
尹懊悩不祥、亦無可奈何。
尹、不祥を懊悩するも、またいかんともすべき無し。
尹はあまりに不吉な予感がして、どよ〜ん、と暗くなったが、今さらどうしようもなかった。
ちなみに「个」(コ)は、八百屋さんの店先などに「一ケ 108円」とか書いてある「ケ」の本字。
@ 物を数えるときに、「一ケ、二ケ・・・」と数えるからではないのか。
A 「ケ」は「箇」の竹ガンムリを省略して片っ方だけ書いた符号ではないのか。
という人もいるかも知れませんが、間違いですので注意してくだちゃいよー。
ところがこの年、試験結果が発表されると、尹は第三十二位の最下位ではあったが、合格していたのであった。
合格者が集まってそれぞれ自己紹介したときになってわかったことであるが、
其三十名姓胡、其三十一名姓盧。皆甚少年。
その三十名は姓・胡、その三十一名は姓・盧。みなはなはだ少年なり。
第三十位の合格者は「胡」という姓、第三十一位は「盧」という姓で、ふたりともたいへん若かった。
ようやく二十歳になったばかりと二十歳前、という若さで、背丈は十分な大人であるが、年は尹と二十も離れていたのだ。
方悟初夢之小葫盧、蓋二公尚未長成故也。
まさに悟る、初めの夢の小葫盧は、けだし二公のなおいまだ長成せざるが故なることを。
「なるほど、そういうことか」
尹はこのときはじめて気づいた。むかしの夢でひょうたんが小さかったのは、この二人の若者がまだ幼少であったからなのだ、と。
以上。
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清・袁枚「新斉諧」(「子不語」)巻二十一より。
あんまり深いこと考えてはいけません。「小説」ですから。直木賞やら芥川賞の立派ないろいろ考えさせられたり生きる喜びを与えてくれたりする「ブンガク」ではなくて、本来の「小説」はいいオトナがヒマつぶしに読む程度のモノです。読後、あなたの中に何か、「ほのかな癒し」、「かすかな希望」、「苦い笑い」、あるいは「呆れてモノも言えない」など、ほんの少しの滓が残ったならそれでいいというレベルのものなのです。マジメに読んではダメなんです。
(もちろん、シゴトのつらさや不安・恐怖を打ち消すような力はありませんので、シゴトで悩んでいるひとが読んでも意味はありませんよ。)