平成26年7月24日(木)  目次へ  前回に戻る

←しごとつらいので生活も荒れてきたぜ。

あと一日・・・。この数日、しごとつらい。ここ数年で五回目ぐらいにいちばん追い込まれてきたかも。やっぱりおいらにはムリなことが多すぎたのでしょう。消耗劇しい。

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ところでみなさん、夢を見ておられますかー。おいらは見ておりますよ。この人生という悪夢を、な。いっひっひー。

さて、古代、夢には六種類あったらしいんです。五経の「礼経」とされることもある(←要するに権威がある、というぐらいの意味だと思ってください)「周礼」「占夢」(巻二十五)によりますと、

一曰、正夢。

一に曰く、「正夢」(せいむ)。

これは「まさゆめ」ではなく、「正常な夢」のこと。

注にいう、

無所感動、平安自夢。

感動するところ無く、平安にして自ずから夢む。

特に精神状態が不安定になるということもなく、平安な状態で見る自然な夢のことである。

ということで、

@   正常で平安な夢である。

二曰、噩夢。

二に曰く、「噩夢」(がくむ)。

「噩」は「驚愕」の意。

A   びっくりしたときの夢である。

三曰、思夢。

三に曰く、「思夢」。

注にいう、

覚時所思念之而夢。

覚むる時に思うところ、これを念じて夢むなり。

覚醒しているときに思ったことが気になって見る夢である。

B   気になっていることをみる夢である。

四曰、寤夢。

四に曰く、「寤夢」(ごむ)。

「寤」は目覚めていることをいうことばですが、「寤夢」は目覚めてみるいわゆる白昼夢をいうのではなく、注によれば

覚寤時道之、睡而夢也。

覚寤の時にこれを道びき、睡りて夢むなり。

目覚めているときに見るように動機づけておいて、眠ってから見る夢である。

ということだそうです。翻訳が難しいですが、

C   見ようと思ってみる夢である。

五曰、喜夢。

五に曰く、「喜夢」(きむ)。

これは

未睡心説、睡而為夢。

いまだ睡らざるの心説(よろこ)び、睡りて夢を為すなり。

「説」は「悦」と同じ。

寝る前の精神状態がウキウキしていたので、眠ってから見る夢である。

とのこと。

D   ウキウキしてみた夢である。

六曰、懼夢。

六に曰く、「懼夢」(くむ)。

注にいう、

恐懼而夢。

恐懼して夢むなり。

おそれおののいてみた夢である。

E   恐れおののいてみた夢である。

以上。

この分類は、夢の内容ではなく、夢を見た原因によって分類されているのですな。

そうやって見る夢に、「吉夢」(よい夢)「悪夢」(悪しき夢)がありました。

古代、周王朝のころ置かれていた「占夢官」という役人は、冬の終わりになりますと、王さまに

「どのような夢をご覧になりましたか?」

と訊ねます。

王さまがちゃんと「吉夢」を見ていればいいのですが、そうでない場合には、

「それではこれをさしあげまする」

献吉夢于王。

吉夢を王に献ず。

占夢官は、王さまに自分が見た「吉夢」を献上します。

すると

王、拝而受之。

王、拝してこれを受く。

王さまは拝礼をして、これを受け取る。

「いい夢をありがとう」

とお礼まで言ってもらえたのです。

乃舎萌于四方、以贈悪夢。遂令始難欧疫。

すなわち「萌」(ぼう)を四方に舎(お)き、以て悪夢を贈る。遂に令して始めて欧疫を難す。

諸説ある記述ですが、「萌」(ぼう)はお供えモノ、「難」は「儺」(ダ・ナ。「おにやらい」)のことである、という説を取ります。

それから、四方の方角に御供え物を置いて、その彼方に「悪夢」を追いやってしまう。その後で、(「方相氏」という役職の者に)命令して、悪い疫病を追い払ってしまう儀礼を行わせる。

のでございます。

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後漢・鄭玄「注」、唐・賈公言「疏」「周礼注疏」による。(3年越しでこのときの宿題を果たしまちたー!あのころたいへんだったんだよなあ。わたしでなく日本が)

この「占夢官」のしごとなら、おいらにももしかしたらやれるかも・・・。

 

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