もうすぐ明日が来るよー。ニンゲンこわい。
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朱青雷というひとが教えてくれたことであるが、清のはじめのころ、
有避仇竄匿深山者。
仇を避けて深山に竄匿(さんとく)せる者あり。
仇敵に狙われるのを避けて深い山中に逃げ隠れていた者があった。
この人、月白く風清かな秋の晩に隠れ棲んでいる小屋から出て、好風景を楽しんでいたところ、ゆらゆらと動くガスのようなものを目にした。
それはだんだんと人のような形を為しながら、その人の方にやってくるのである。
鬼(幽霊・精霊)であった。
その人、大いに恐れて、そばにあった楊の木の根元にへたりこみ、じっとして動かないでいた。
しかし、
鬼忽見之。
鬼、たちまちこれを見る。
霊はすぐにその人に気づいた。
そして、耳からではなく、じかに頭の中に聞えてくるような声で、語りかけてきた。
君何不出。
君なんぞ出でざる。
―ー―こちらへ・・・出てきなされ・・・。
大いに震えながら、答えた。
吾畏君。
吾、君を畏るなり。
「お、おまえさんがおそろしうて・・・」
すると、霊は、ゆらゆらと蠢きながら言うた。
至可畏者莫若人、鬼何畏焉。使君顛沛至此者、人耶、鬼耶。
至りて畏るべきは人に若く莫く、鬼、何ぞ畏れんや。君をして顛沛にここに至らしむる者は、人や、鬼や。
―ー―ほんとうに怖ろしいのはニンゲンほどのものはござるまい。われら精霊など何が怖ろしいものか。おまえさんがすべてを投げ捨ててここまで逃げてきたのは、ニンゲンのせいだったのかな? それとも幽霊のせいだったのかな? ひっひひひひ・・・・・
ひひひひひ・・・・・と嗤いながら、霊は霧のように消えて行った・・・。
「顛沛」(てんぱい)は「論語」にも出てくる古い言い方で、「大慌て」とか「咄嗟の際」というような意味です。
朱青雷のお話は以上。
わしは言った。
朱青雷よ。
此有激之寓言也。
これ、激する有るの寓言ならん。
「この話は、何か当てこすりたいことがあってのたとえ話なのだろう?」
朱青雷は、それを聴くと、
「ひひひひひ・・・・・」
と意味ありげに笑って、口をつぐんだ。
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清・紀暁嵐大先生「閲微草堂筆記」巻二より。ああ、鬼霊よりも怖ろしいニンゲン。明日は月曜日。社会という彼らの蠢く、その真っただ中に、わしのような弱いモノが入って行くのである。睨みつけられ、どやされ、小突き回され、嘲笑され・・・。精神状態がどんなことになるのか、火を見るよりも明らかではあるまいか。行くの止めた方がいいような気が・・・。