オリンピックネタで世間に迎合してみます。
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清の時代のことである。
一人の乞食があって、長年にわたって湖南・湖北のあたりをさまようていた。
その様子は、
手挟一竹杖、余無所有。寒暑惟一破衫蔽体。人与之食則食、不与則竟去不顧。
手に一竹杖を挟み、余の所有無し。寒暑に一破衫の体を蔽うのみ。人これに食を与うれば食らい、与えざればついに去りて顧みず。
手に一本の竹の杖を持っているだけで、ほかに所有物といったものはない。寒い時も暑いときも破れた着物一枚を体に巻き付けているだけだ。ひとが彼に食物を与えれば彼は食う。与えなければどこかに行ってしまって振り向きもしなかった。
のだそうである。
その乞食、ある日、安郷県の湖畔の草地で、
「ここがよいな」
と言いざま、横になった。
横になって、ぶうすかと昼寝しはじめたのである。
そのまま夜になっても眠っていた。
朝になっても、昼が過ぎても眠っていた。
いつまでも、
不飲不食、日晒雨淋、了無所覚。
飲まず食わず、日晒し、雨淋たるも、了として覚ゆるところ無し。
何も飲まず何も食わず、日光が照りつけても雨がしとしとと濡らしても、まったく気づかぬように眠り続けていた。
のである。
鼻息時聞。
鼻息、時に聞こゆ。
ぶうすかといびきが、時おり聞こえる。
ので、生きてはいるようであった。しかし村人らが、どんなに呼びかけてみても目を覚まそうとはしないのだ。
村人らは
「この乞食は死んでしまうのだろう。もう助かるまい」
と憐れに思って、眠っている彼の体の上に小さな棚を作ってやり、その上に草をかぶせて雨風と日光に直接当たらないようにしてやった。また、時にはその前に花を捧げてやったりしたのである。
かくして半月あまり経ったとき―――
其睡如故、有道人経過、見而喚曰、可以醒矣。
その睡もとの如きも、道人の経過する有りて、見て喚びて曰く、「以て醒むべし」と。
乞食はまだ眠っていた。そのかたわらを道士が通りかかり、乞食のすがたを見ると、
「これこれ。そろそろ眠りから醒めてはどうかな」
と呼びかけたのだった。
すると、乞食は突然目を開いた。
そして道士に向かって答えていう、
我何曾睡。
我、何ぞかつて睡らん。
「わしがいつ眠ったというのだ」
道士曰く、
如何便住。
如何ぞすなわち住す。
「どうしてここで止まっているのかな」
乞食、答えて曰く、
何曾是住。
何ぞかつてここに住せん。
「わしがいつここで止まっていたというのだ」
「では行くか?」
「行く」
即躍起同行。
即ち、躍起して同行す。
すぐに起き上がると、道士と乞食は一緒に出かけていった。
それを見ていた村人がいたが、
其疾如飛、瞬息不見。
その疾きこと飛ぶが如く、瞬息にして見えず。
二人の行くことあまりに速くて飛んでいるようで、またたきし一呼吸する間に、もうその姿は見えなくなってしまっていた。
その後、二人の姿を見た者はいない。
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ずいぶん足の速いひとだったようなので、強化したらオリンピック出られるかな?
ということで、オリンピックネタでした。清・青城子「志異続編」巻一より。読後さわやか、適度なスポーツのように心地よいお話ですね。感動で涙にじんできた。