「肝冷斎のおぢたん、何かおもちろいお話ちてー」
しかし肝冷斎の部屋からは答えがありません。
「あり? 肝冷斎のおぢたん、いないのかなあ?」
「あいさつもせずにいなくなってしまうなんて・・・」
「お父さんやお母さんがあの人にはあまり近寄るな、と言ってたから、やっぱり変な人だったのね」
「・・・・・・・・・・・」
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むかしむかし、唐の時代のこと。湖北のとある川のほとりに老いた漁師が一人暮らしておりましたのじゃ。
ある日の夕方、
有漁人挙網得物、甚巨。
漁人網を挙げて物を得るに、甚だ巨なる有り。
漁師が網を引き揚げたところ、何やら大きな物がかかっておった。
「なんじゃ、これは」
裹以紫衣如肉球状。
紫衣を以て肉球の状の如きものを裹(つつ)めり。
紫の衣服の中に、肉のかたまりのようなものが包まれているのである。
「見たことも無いものじゃが、食べられそうなものを粗末にしてはバチが当たる」
漁師はこれを持って家に帰り、
漑釜爇薪。
釜を漑し、薪を爇す。
お釜に水を入れ、薪木に火をつけた。
お釜の中の水は、やがて湯気を立てはじめ、ついにぐつぐつと煮えたってまいりました。
「さて、煮てみるか」
と先ほど網にかかった肉塊をお湯に入れようと紫の衣を開いた、その瞬間であったー――
どかん!
俄雷電繞室大震、漁人惶駭、取出擲地。
俄に雷電の室を繞りて大いに震え、漁人惶駭して取出だして地に擲つ。
突然、カミナリが部屋のまわりに落ちたのだ。漁師は驚き慌て、手にしていた肉塊を地に落とした。
すると、
―――ふぎゃあ。ふぎゃあ。
衣裂児生。
衣裂け、児生まる。
衣の間から、赤ん坊の声がしたのであった。
肉塊の中から赤ん坊が出てきたのである。
―――ふぎゃあ。ふぎゃあ。
「おお、かわいい子じゃのう」
ということで、漁師はその子を自分の子として育てたのでございます。
この子こそ長じて、唐の末から宋の時代まで活躍し、宋以降の道教、儒学に大きな影響を与え、また時の皇帝にも重視された大道士・陳搏(字・図南)なのでございます。陳図南は
莫知所出。
出づるところを知る莫し。
誰もその出自を知らなかった。
陳というのは彼を育ててくれたこの老漁師の姓なのである。
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宋・撰人不詳(著者不明)「羣談採録」より(「宋人軼事彙編」所収)。
・・・というようなオモシロくてタメになる話をしても、今はもうわしは一人ぽっち。年よりの一人ごとにしかならぬ。昨日まで話を歓んで?聞いてくれたコドモたちはもういない。
わしは、町に居られずにあてどない旅に出たのだ。今日は一人、木の洞に寝泊まりしているのである。
闇の中に、たき火の火がパチパチとはぜる。いつも―――いつものことではあるが、どうして世間はわしを受け入れようとしないのであろうか・・・。