「肝冷斎のおぢたん、何かおもちろいお話ちてー」
「おお、よしよし、それではおもしろくてタメになるのをひとつ、いたしましょうぞ」
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長江中下流域に六つ漢人王朝が栄えた「六朝」の時代、黄河流域や四川地方には「五胡十六国」といわれる異民族の開いた短命な王朝に支配されておりました。
その中で、四川地方(蜀)に紀元304年から347年にかけて存続していた氐族の李氏が建てた王朝を歴史的に「成漢」と申します。(はじめ「漢」と号し、後に「成」と国名を変えた)
この成漢の六代目の王さまが李勢というひとであったのじゃ。
李勢の後宮にはあまたの女がおったが、
宮人張氏有妖容。
宮人・張氏は妖容有り。
宮女の一人、張某女は妖しいほど美しい女であった。
李勢はこの女を寵愛しておったが、
一旦化為大斑虵、長丈余。
一旦、化して大斑虵(だ)の長さ丈余りなると為る。
ある朝、巨大なまだらのヘビに変じてしまったのだった。その長さ3メートル以上。
宮中のひとびと、これを庭に棄てた。
・・・ここまでですと、西洋の「王妃メリジューヌ」の物語にも似た人龍婚媾ロマンスなのでございますが、このヘビ女は清姫のようにしつこかったのでございます。
夜復来寝牀下。
夜また来りて牀下に寝る。
夜中になると宮中に入り込み、李勢のベッドの下に蟠って眠るのであった。
李勢はたいへん恐れて、
「またあいつが来ておるのか」
と毎晩女とベッドを取り換えて寝たが、部屋をどこにかえても、まだらのヘビはやってくる。
毎夜。
ずる、ずる、と今夜も、あの女がやってくるのでございます・・・。
「ええい、キモチの悪い」
と李勢は宦官らに命じて
遂殺之。
遂にこれを殺す。
とうとうそのヘビを殺してしまった。
七つに切り裂いて火に投じ、骨を庭に埋めるという念の入りようでございました。
しばらくすると、李勢は鄭美人という宮女にぞっこんになった。
これを毎夜のように、あるいは昼間も寵していたが、この女は
化為雌虎、一夕食勢寵姫。
化して雌虎と為り、一夕、勢の寵姫を食らう。
ある晩、メスのトラに変化してしまい、李勢のほかの愛人たちを食い散らかしてしまったのである。
そして自らは城内から逃げ出した。
李勢、兵を出してそのあとを追わせたが、その追討のすまぬうち、
勢為桓温所殺。
勢は桓温の殺すところとなれり。
東晋の征西将軍・桓温の軍が蜀に攻め込み、李勢は捕らわれ、殺されてしまった。
のであった。
この李勢のむすめが、またぞっとするような美女で、桓温に強いられてその愛妾となったあとの事件については、また次の機会にお話申し上げましょう・・・。
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唐・李亢「独異志」より。
―――これに対し、コドモたちから、
「おぢたん、コドモにはわけがわからないよう」
「コドモにはタメにならないお話のような気がちゅる〜」
と抗議が出てまいりました。
そこで、
「うるさい!」
と怒鳴りつけ、
「ほうほう、つまりですのう、女の人がドウブツに変化したら気をつけなされ、ということですじゃて」
と教えてやったのであった。