平成24年12月30日(日)  目次へ  前回に戻る

 

ガス爆発ではひどい目に遭うた。今日退院してまいりました。まあ、爆発したおかげでガス会社も反省したみたいで、ガスの供給停止が解除されましたので意義はあった(いくばくかの金は包まねばなりませんでしたが)。これに対してあわれ肝泥斎は今日からノロウイルスの影響で・・・。

なので、今日からは肝冷斎の担当となり、またマイナー路線です。

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わし(←肝冷斎にあらず)の郷里・呉門出身の瑶泉居士・申時行というひとは、四十前に進士になり、六十前に大臣になり、七十前に引退して帰郷してきたのであった。町のひとびとは居士への尊敬と郷里の偉人を誇るキモチも合わさって、

勇退于急流、大隠于囂市。

急流に勇退し、囂市に大隠す。

速い流れの中から勇気を以て逃げ出し、大都市の中に隠れ住む身となったが、実は誰もがみんなその人を知っている。

と囃したものであった。

彼が庵の堂に書きつけた対聯

有賦帰来、順四時、成功者退。  「帰来」の賦有り、四時に順(したが)い、功を成す者は退く。

無心毀誉、同三代、直道而行。  毀誉に心無し、三代に同じく、道を直くして行う。

 「帰去来辞」のうたもある。四つの季節が流れるように、なすべきことをなした者は静かに退出するものじゃ。

誹られるも誉めらるるもどうでもよい。夏・殷・周の古代の三王朝の時代のように、素朴な心で生きていくのじゃ。

四海のうち、この聯を伝え称さない者はいなかったという。

・・・さて、この申瑶泉、帰郷して庵を作るときに、郷里の実家は狭きに過ぎたので、近隣の土地を買い取って敷地を広げようとした。

元大臣さまのお申し出であり、代金もきちんともらえるというのであるから、隣近所はみな応じたが、

独一業箆者堅拒之。

ひとり、一の箆を業とする者、堅くこれを拒めり。

ヘラの製造を業とする家があって、ここだけが応じなかった。

役所に強制的に買い取らせましょうか、と言い出すひともいたということだが、申は

「おいおい、わしの私的な問題じゃぞ。

豈圧郷人耶。

あに郷人を圧せんや。

郷里のひとを無理やり抑え付けるために帰郷したわけではないぞ。

まあ三年ぐらいすればその土地も手に入ることになるじゃろう」

と笑いながら、

取其箆置几案間以理髪。

その箆を取り、几案の間に置きて以て髪を理(おさ)む。

ヘラを一つ買い取って、机の上に置き、髪を梳くのに使った。

そして、お客があると、いつもヘラを手にして髪を梳きながら、

称其適用。

その用に適するを称す。

「これはたいへん役に立つ」とほめそやした。

客人ら、

「ほう、そうですか」

と感心し、ここにおいて、

士大夫競市之、此風遂一煽。

士大夫競いてこれを市(か)い、この風、ついに一煽す。

読書人階級の支配層のひとたちは争ってこのヘラを買い、それで髪を梳くのがたいへん流行した。

其家本流既大、湫隘難居、不三載踵門求沽矣。

その家、本流すでに大にして湫隘居り難く、三載ならずして踵門して沽(う)るを求む。

その(ヘラ屋の)家は本業がどんどん拡大され、狭い宅地には居られなくなってしまい、三年も経たないうちに別の地に移転することになって、現在の地所を買ってくれるよう申家に頼みに来るようになったのであった。

まことに貴人の好むところは羽の生えたかのごとく好まれて買われ、貴人のにくむところは瘡やできもののように嫌われるものなのだ。

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清・金埴「不下帯編」巻二より。

今年も終わります。わしも三載ならずして○○に土地を得ることができ、そこでその後暮らすことになるであろう、ことを来年の目標にいたします。遊びに来てください。

 

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