うちゅの原因はしごと。やはり早めの原因除去が大切。
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明のひと、李長沙。
長く官僚として過ごし、老境に入って宰相となる。しかるに当時
時事多艱、乞身不遂。
時事艱なること多く、身を乞うも遂げず。
処理に苦しむ事案が多く、辞職したがったがなかなか果たせないでいた。
「乞身」とは、朝廷に捧げた自分の身体を返してもらうよう乞うことで、要するに辞職を願うこと。「乞骸骨」(骸骨を乞う)などともいいます。この場合は、自分の心身を朝廷に捧げて来たので、もはや残っているのは「骸骨」だけであり、それを返してもらうように請求する、という趣旨です。
その日も遅くに帰宅した長沙は、ため息をつきながら上着の上から締めている帯(←官職によって帯の太さや色が定まっている)を解こうとした。そのとき、視界の端に白い煙のようなものがちらりと見えた。
「はて?」
と目を凝らすうちに、その白い煙は形を為し、痩身の老道士と化したのである。
「!」
道士、まず長沙の腹の帯を指さし、ついで自らの腰に下げた
紫玉環(紫玉の環)
を指さして、にやりと笑うと言うた。
此帯雖好如何我環。
この帯、好しといえども我が環と如何。
「おまえの帯はよい帯じゃ。しかし、わしのこの紫玉の環と比べてどちらがよいかな?」
「・・・・・・・・」
答え澱んでいる長沙に、続けて言うた。
倘能棄却相従入山。
もしよく棄却せば、あい従いて山に入らん。
「その帯を棄てる覚悟があるのなら、今からいっしょに山(別天地)に連れて行ってやろうぞよ」
そしてまたにやりと笑うたのである。
「どうじゃ?」
「わしは・・・」
長沙は茫然としたまま何か言いかけたが、やがてふと気をとりなおしたようで、口調を改め、
久服誠無味。然入山尚需時耳。
久しく服せばまことに味わい無し。しかれども入山はなお時を需(ま)つのみ。
「確かに長いこと着ておりますと、この帯にはもう魅力がありませぬ。しかし、山(別天地)に入るのはもう少ししてからにしとうござる」
それを聞き、
道士微笑。
道士、微笑す。
道士はかすかに笑った。
憐みの笑いであったか、同情の笑みであったか。そして、
「・・・・・・・」
何事小声でささやくと、
即乗雲去。
即ち雲に乗じて去る。
足元に生じた白い雲に乗り、あっという間に窓外に消えて行ってしまった。
長沙は一人、朝服を脱ぐのも忘れて、しばらく何か深く考えているようであったという。
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明・朱国「湧幢小品」(「元明事類鈔」巻二十四所収)より。
あー、残念なことをしましたね。わたしなどこの間、道士さまに「行きます、行きます!」とすがりついたのに「おまえはまだじゃ」と蹴り落とされて、手にのこったのは雲の一切れだけ。今夜もまだこちら側で、つらい明日のことを思いながら忍び泣きしておりますのに。