今日は沖縄地方、ほんま寒かった。しかし休日なので心はほかほか。
↓はほんとは暑いときのお話なのですが、いつかお話しようと思ているうちに冬になってしまった。亜熱帯で書いている、ということでお許し願います。
・・・・・・・・・・・・・・
さて、わし(←肝冷斎にあらず、清の梁章鉅さんなり)が「柳南随筆」を閲していたところ、こんな話があった。
江西貴溪の県令某は善政あり、人民たちの声望が高かったということだが、あるとき、管内の龍虎山の道観に赴くことがあり、張真人と会話することがあった。真人、県令某の人柄を好み、一晩道観に宿泊するよう勧めたのであった。
晩飯のときのこと。
有一侍者、貌甚怪醜、腥気迫人。某屢目之。
一侍者あり、貌はなはだ怪醜にして腥気ひとに迫る。某、しばしばこれを目す。
真人にしたがって食事の世話などをする男が一人いたが、その顔つき、びっくりするほど怪奇で醜くく、また、なまぐさい臭気を強く発散していた。県令は気になって、この男の方を何度もちらちらと見やった。
真人、うなずいて、
「この男が気になりますかな」
と問うた。
「い、いや、気になるというわけではないのですが、何か普通の人と違うというか・・・」
真人、さもありなんと頷き、
「さすがにおわかりになりましたか。
此竜神也。
これ、竜神なり。
この男は、実は龍の精ですからな」
「は・・・、はあ・・・?」
真人がいうには、彼は天界で失敗を仕出かしてしまい、今は真人のところに預けられてその罪を償っているところなのだという。
今将屆満、特無人為之声説耳。
今、まさに満に屆(とど)かんとするも、特に人のこれがために声説する無きのみ。
「まもなく罪の償いも満期になるのですが、天界に「すでに満期になった」と連絡してくれる人がいないのですよ」
「はあ・・・」
天界の流罪というのは、ニンゲン界のそれと同じ仕組みになっており、満期になって罪が消えるだけで、自動的に流罪の前の状態に戻るわけではない。誰か信頼ある者が朝廷に対して、彼が既に罪を償ったこと、その人間性が信用できるものとなったことなどを奏上して、はじめて元の住所や地位に戻れることになるのだ。
「県令どのは人民の評判もいい。人民の評判のいい人の言葉は天界では信用されます。どうでしょう、あなたの名前で彼のために天界に戻れるように要請をしていただけませんかな」
「は?」
県令はとまどった。
余凡夫、何能為力。
余は凡夫なり、何ぞよく力を爲さんや。
「わ、わたしはただの一般人でございますよ。ど、どうして天にそんなことを要請することができましょうか」
真人、笑いて曰く、
「上奏文はわたしが書きますから、あなたはただ最後に花押を添えていただければよろしい」
某漫応之。
某、漫にこれに応ず。
「はあ・・・」
某県令は半信半疑のまま引き受けることにした・・・。
さて、それから数か月後のこと。
県令に異動の命令が下り、あわただしく都に戻るための荷造りをしていたときのこと、官邸に張真人と例の侍者が訪ねてきた。多忙な中ではあったが尊敬する道士である真人がお見えになったので、正堂で面会した。
あいさつを終えて真人が言うに、
荷公大力、已准還竜宮矣。
公の大力に荷われ、すでに竜宮に還るに准(なず)らえり。
「県令どのの御尽力にあずかり、この男、すでにもとの竜宮に帰ることが内定いたしました」
「はあ・・・」
そして、侍者を振り向くと、
先生之恩、豈可無物以報。
先生の恩、あに物の以て報ずる無かるべけんや。
「こちらの先生の御恩、何か贈り物をして感謝しないわけにはいくまい?」
と問いかけた。
侍者曰く、
「わたくしは天界で罪を受けてすべてを没収されました。竜宮の蔵には多くの宝物がございましたが、今は空っぽになっております。
無已、則当贈白雲一朶耳。
已む無く、すなわちまさに白雲一朶を贈らんとするのみ。
しかたがございませんので、白雲を一式、お贈りしようと思います」
―――白い雲を一式? なんのこっちゃ?
と疑問に思いながらも県令は、
姑頷之。
しばらくこれに頷く。
とりあえず
「はあ・・・」
と頷いておいた。
後、某以行取入都、盛夏北行、途中、日有白雲一片、護蔭其輿、毫無暑気。
後、某、行を以て入都を取り、盛夏北行するに、途中、日に白雲一片有りて、その輿を護蔭して毫も暑気無し。
その後、県令は都への帰還のため、夏の真っ盛りに北に向かって出発したのだが、その途中、毎日毎日白い雲が一ひら、県令を乗せた輿の上にだけ、まるで日光から守護しているかのように日蔭を作り、少しも暑さを感じることが無かった。
この雲、
至京乃散。
京に至りてすなわち散ず。
都に到着すると、たちまち消えてしまった。
―――なるほど、これのことであったか。
と県令は納得した・・・ということである。康熙年間(1662〜1722)のことだそうだ。
・・・・ところで、「鉄槎山房聞見録」という筆者不明の本があって、この本には次のようなお話が書いてある。
このお話の主人公の名前は、叢蘭といい、はじめて役人になって江西・貴溪の県令を命じられた。
ある日、管内の龍虎山の道観で張真人と面会して、さて引き上げようとしたときに、一人の男に呼び止められた。
男は風貌卑しからず、立派なヒゲをたくわえていたが、名乗るに
同郷李竜神。
同郷の李竜神なり。
「貴殿の郷里(山東の文登)の李という竜神でござる」
というのであった。
「はあ・・・?」
どう対応していいか窮していると、李竜神は叢蘭に、
「実はお願いがござる・・・」
と相談ごとを持ちかけた。
「やつがれはある事情があって張真人のもとに滞在しており申したが、月日も長くなりましたので、
求公向真人緩頬。欲回家視母。
公に求むるは、真人に向かいて頬を緩めしめんことを。家に回りて母を視んと欲するなり。
貴殿にお願いしたのは、真人に貴殿から申し上げて、真人ににこやかにやつがれが帰郷することを許してくださるようにしてはくれまいか。やつがれもそろそろおふくろの顏が見たくなったのでござる」
「はあ・・・」
頼まれるままに真人のところに戻って代わって懇願すると、真人は
「県令どのは福徳を持ったお方じゃ。その方から頼まれたのではイヤも何もない、李侍者の帰郷を許す。ただし・・・
宜遵海浜而行、免傷禾稼耳。
よろしく海浜に遵いて行き、禾稼を傷むることを免るるのみ。
海辺に沿って行くこと。そうしないと、人民が汗水流して育てた穀物類が被害を受けることになるからのう」
「わかりましてござる」
と李が平伏したー――
忽霹靂一声、竜神已不見矣。
忽ち霹靂一声、竜神すでに見えざるなり。
突然、激しい雷鳴がしたかと思うと、李竜神の姿はもう見えなくなっていた。
・・・・・・その後。
公毎暑日徒行、頂上必有烏雲一塊相覆。
公、暑日に徒行するごとに、頂上必ず烏雲の一塊有りて相覆う。
叢公が真夏の暑い日に外出すると、いつも彼の頭上には黒雲がひとかたまりあって、彼に日が当たらぬように覆うようになった。
叢蘭は後に工部尚書(建設大臣)にまで累進した人である。明の嘉靖年間(1522〜66)のことだという。
――――――
白雲と黒雲の違いはありますが、たいへんよく似たお話である。この二つのお話は同じお話が違う形になったのであろうか、違うお話がよく似ているだけなのであろうか。いずれにせよ、
此等良縁、往往有之。惜吾生無此奇遇耳。
この等の良縁、往々にしてこれ有り。惜しむらくは吾が生にこの奇遇無きのみ。
(お互いの利益になる)こういうキモチのよい関係というのが時々あるものである。残念なことにわたしの人生には、今のところこのような不思議な出会いは無いのだが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
全体は清・梁章鉅「浪跡叢談」巻六より。長く生きているといいこともあるかも。