この話はちょっとコワいわあ。
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道光辛丑年(1851)の七月初日の夜。(←日時まではっきりしております)
江寧の句容県が暴風雨に襲われた。
雷電交作、江水沸騰。
雷電こもごもに作(お)こり、江水は沸騰せり。
激しい稲光りと雷鳴がかわるがわるに起こり、江の水はわきあがった。
ひとびとは暴風雨の中、空に何物かがぶつかり合う音を何度も聞いた。
従電光閃灼処窺之、隠約有両龍掛雲表、互相攫拏。
電光の閃灼するところよりこれを窺えば、隠約するに両龍の雲表に掛かる有りて、互いにあい攫拏せり。
稲光がひらめき光るその瞬間に見たところでは、どうやら雲の上にも昇るような大きな二匹の龍が、お互いに攫みかかりあっているようであった。
そして、この夜、県内でも江のほとりに住んでいたひとたちには、たいへんな不幸が降りかかったのである。
夜半に、激しい暴風雨が窮まり竜巻が発生したのだ。
人与物尽捲入江。
人と物と、ことごとく捲かれて江に入りぬ。
ニンゲンも物も、すべて、竜巻に捲き上げられ、江の中に連れ去られてしまったのである。
・・・・・・・翌朝。
屍骸浮没波流。
屍骸、波に浮没して流る。
無数の水死体が、波に浮いたり沈んだりして、水嵩を増した江を流れていたのであった。
生き残ったひとびとは人を雇い、手分けして水死体を寄せ集めると、大きな穴を掘ってそこに老若男女の別なく放り込み、葬った。
―――さて。不可思議なのはここからである。
沈んでいる遺体を引き上げるべく、
一漁人、網於江。
一漁人、江に網す。
一人の漁師が江に網を投げた。
何人かでその網を引く。腹に穴があいてガスが抜けた水死体が、網にかかって上がってくるであろう・・・。
ところが・・・。
「むう」
「なんと」
「これはどうしたことだ」
漁師たちは首をひねった。
網があまりにも重いのである。
「それほどの死体がかかっているということか・・・、なむさんぽう。おおい、みな、手を貸してくれい」
漁師から声をかけられて、手のあいた者たちが集まり、ついに数十人がかりで網を浜辺に引き上げた。
だが、そこには予想していたような水死体はかかっておらず(まるで死体はそのあたりを避けたかのように沈んでいなかったのだ)、網の中には、
獲一木櫝、甚巨。
一木櫝の甚だ巨なるを獲たり。
巨大な木の箱がかかっていたのだった。
箱はかなり古いようにも見えたが、真新しいようにも思えた。要するに、いつの世のものなのか知れないのである。
叩いてみたが、木のように見える材質は、軽く金属のような音を立てた。
「なんだ、こりゃあ」
箱の蓋にはこれは鉄製とわかるかんぬきがかかっていたが、これが既に腐敗していた。(つまり、鉄が腐敗する時間は経過していたらしい。)
そこで、ひとびとはかんぬきを外し、箱の蓋を開けてみたーーー
―――!
啓視、則両垂髻女死其中。面如生。
啓き視るに、すなわち両の髻を垂れたる女、その中に死してあり。面、生けるが如し。
箱を開けてみたところ、二体の、もとどりを垂らした奇異な髪形をした女が、その中に横たわっていたのである。死んでいる、と思われたが、その死体の顏の部分は、まるで生きているかのように、頬にはなお紅味がさしていた。
何より、二人のオンナは、巨大であった。常人の二倍から三倍の大きさがあった。
また、彼女らは
身各有縄牢縛之。
身、おのおの縄のこれを牢縛するあり。
それぞれ、体を金属の縄で堅く縛り固められていたのである。
それは、まるで、その二体の巨大な女が、起き上がって動き回らぬようにしたかのようであった――ー。
漁師らは驚きあきれてすぐにこれを役所に届けて出た。役人らも一体何ものであるかわからぬようで、さらに畏きあたりに知られるよりは面倒が無いように、と思ったのであろう、箱ごと、
命瘞於阬内。
命じて阬内に瘞(うず)む。
人民どもに命じて、ほかの水死体とともに、掘った穴の中に埋めてしまった。
・・・・・ずいぶん経ってから、その話を伝えて聞いたという西洋人が何人か、チュウゴク人を通訳にして調べに来たそうであったが、その後も何度か水害があって浜辺の地形も変わり、死体を埋めた穴がどこであったか、地元のひとびとにもわからなくなっていたので、諦めて帰って行った、ということだ。
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周寿昌「思益堂日札」巻九より。
台風16号、すさまじい威力だったそうでうすが、さすがに沖縄でも「これ」は出ておりますまい。
ところで、増長して神に反乱を起こし、ついに破れて地下深くにつながれた魔王ルシフェルとその眷属たちは、もと光の天使であったから、戦いの時には火龍の姿を現じるが、普段の容貌は女人のように美しく、白皙にして身の丈巨大であったということである。彼(彼女)らは地上のあちこちに分散して捕囚されたということであるから、後に東洋といわれるようになった地にも「それ」が埋められていたとて、まったくありえぬことでも有り得まい・・・。