みなさん、お久しぶりでちゅ。肝冷斎(二世)でちゅ。おいらは数週間前沖縄に到着したのでちゅが、おめめを結膜炎だかアレルギーだかでやられて、痛くて痒いのでしばらく更新をお休みしていまちたー。まったく知らない花粉とかたくさん飛んでいるのでちょうね。
さて、おいらが沖縄に来たのは、この地に肝冷斎(一世)が潜んで、何か悪さをしようとしているのではないかと疑われるからなのです。肝冷斎(一世)はどこに潜んでいるのでちょうね。
でもやつを探す前に今日もシゴトでちゅ。チュウゴク古典のありがたい講話をして、おじさんたちからお小遣いをもらうオシゴトなの。
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唐の楊弘武が、武器のことをつかさどる司戎の次官になったとき、おのれの部下にある人を任命しようとした。その人、決して有能と評判のある者ではない。
時の高宗皇帝(在位649〜683)、その人事の決裁をご覧になって、弘武に
某人何因輙授此職。
某人、何に因りてかすなわちこの職を授くるぞ。
「何のわけがあってこいつを雇おうというのだ?」
と御下問になった。
すると楊弘武は実にきまり悪そうに
臣婦韋性悍、昨以此見属。臣不従、恐有後患。
臣が婦・韋は性悍なり、昨ここを以て属せらる。臣従わずんば、おそらくは後患有らん。
わたくしの女房の韋氏はたいへんキツイ女でございます。その女房が、昨晩その人の就職について、わたくしに頼みこんできたのでございます。わたくしがその依頼に従わないでいると、どんな恐ろしいことになりますか、見当もつきませぬ。
「わっはっはっはっは」
帝、嘉其不隠、笑遣之。
帝、その隠さざるを嘉(よ)みしたまい、笑いてこれを遣る。
皇帝は、その正直なことばをおよろこびになられ、笑って人事を裁可なさった。
ちゃんちゃん。以上、おちまい。
恐有後患。
恐らくは後患あらん。(どんな恐ろしいことになりますか、見当もつきませぬ)
切実な言葉ですね。みなさんも女房に「お・ね・が・い」と頼まれたら気をつけてねー。
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これは、明の馮夢龍の「古今譚概」巻十九より引用。
「なるほどのう、正直であるということは人から喜ばれるのだな」
「昨日の琉球童子の話とは少し違うけど、チュウゴク古典に書いてあるのだから深い智慧が蔵されているのだろうな」
「それにしても女房に頼まれたら気をつけねばならないなあ」
「いやまったくだ、肝冷斎二世くんの話はためになるのう」
と、おじたまたちはお喜びになりまちて、おいらに小銭を恵んでくださいます。
「おありがとうございまちゅ。だんなにいいことがありまちゅように」
とおいらはペコペコしながら小銭をいただきまちた。
ちなみに、おじたまたちには黙っておきますが、この楊弘武と高宗皇帝のお話は「新唐書」巻106・楊弘武伝に元話があります。その中では、楊弘武の言は、
以諷帝用后言也。
以て帝の后の言を用うるを諷すなり。
これによって皇帝が、武后のことばをお聞きになりすぎることを批判したのである。
と書かれております。
高宗皇帝はおやじの太宗の後宮にいた武氏を見初め、自分の後宮に入れた上で、やがて彼女に政権を掌握され、(高宗の死後)彼女が武則天として、「唐」を滅ぼし「周」を建て、その帝位に即く、という事態を招いた方であります。
楊弘武は武后の言いなりになるのをお止めになりますように、と間接的に諫言した、ということらしい。
けれどおじたまたちに難しいこと言ってもわかりませんから、途中で端折っちゃったの。
―――おじたまたちのお話に出てきた「昨日の琉球童子」? それはどういう子なのかちら? ちょっと興味わくー。