こほん、こほん。風邪ひいて寝ている間に6月とはなりにけり。
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海寧の董東亭が若くして死んだ。
時に友人の湯緯堂が彼を弔うて作った挽聯―――
紅袖琵琶摧玉樹、 紅袖の琵琶は玉樹を摧(くだ)き、
青山煙雨葬瓊華。 青山の煙雨に瓊華(けいか)を葬る。
紅の袖で琵琶を弾かれて、玉で作られた樹のようにすてきなきみは倒れた。
青き山に霧雨そぼふる今日、ぼくらは玉で製せられた花のように美しいきみを野辺送りするんだ。
「紅の袖で琵琶を弾くと、どうして彼は倒れたのだね?」
わたしは湯緯堂に訊ねた。
湯緯堂、泣きはらした赤い目をうるませながら、わたしをじっと見つめて言う、
蓋紀実也。
けだし、実を紀するなり。
「それは、ほんとうにあったことを書いたんだ」
と。
董東亭は元気だったころ、たまたま夜半に北京近郊を散歩していて、
瞥見一苑。
一苑を瞥見す。
ちらりとどこかの家の庭園を覗き見したのだという。
その園では、
有美人弾琵琶甚哀。
美人、琵琶を弾じてはなはだ哀なるあり。
美しい女性が、切なそうに琵琶を弾いている姿が見えた。
―――なんて美しいひとなんだッ。
そのひとの着物の袖は、血のような紅色であったそうだ。
東亭は帰宅後も胸のときめきを抑えきれず、
次日、与同人訪之。
次日、同人とともにこれを訪う。
次の日、気の合った者といっしょにその場所に行ってみた。
しかしそこは、
惟古塚荒煙荊棘刺衣而已。
ただ古塚の荒煙にして荊棘の衣を刺すのみ。
荒れ果てた古いお墓があるだけで、草をかき分けて近づいた東亭の衣を、いばらのトゲが刺すばかりであった。
―――ああッ。
東亭はいばらのトゲで指先を傷つけてしまい、そこからひとすじの血をしたたらせて喘ぐように倒れた。
友人に担がれて家には帰ったが、そのまま寝付いて
未幾卒。
いまだいくばくならずして卒す。
それほど経たずに死んでしまったのである。
湯緯堂の聯は、そのことを言うていたのだ。
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清・銭泳「履園叢話」十五巻より。今日は病床で森田童子先生を聴いていたので、少し影響されたかも。孤立無援なのだ。
こほん、こほん。この体調では、わしももういくばくもないかも知れません。が、それよりユーロが先か。それともチャイナに機密資料流してた副大臣か?