コドモなのでおいらは今日も一日遊び呆けていまちた。
街を歩いていたら向こうから琵琶を担いだそこそこいい女が歩いてきたぜ。ちょっとからかってみまちゅ。
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落日出前門、 落日 前門に出で、
瞻矚見子度。 瞻矚 子の度を見る。
夕暮れ表の門から出たら、
おまえのすがたが目に入った。
「瞻矚」(せんしょく)は「仰ぎ見る」という意味です。「度」は「すがた、ようす」。
冶容多姿鬢、 冶容 姿鬢に多く、
芳香已盈路。 芳香 すでに路に盈つ。
やわらかなたたずまい 髪もゆたかに
やさしいかおりがもう道に広がる。
すると、その女は
「おほほほ」
と笑ったのでちゅ。
「おいらに気があるのでちゅかね」
とおいらもにやにやしましたら、女は
「肝冷斎、オイタしてはいけないよ」
と言うのである。
「え?」
よくよく見まちたら、なーんだ、歌姫の子夜おねえたまではありませんか。
―――子夜とは六朝のころの呉の歌妓で、実在のひとともいうし伝説のひとともいう。彼女の作品として、「楽府詩集」に男女の間の情感を軽やかに歌い上げた「子夜四時歌」が残るほか、これにインスパイアーされたと見られる数多くの「子夜歌」が伝えられるが、おそらくは当時の民謡や後世の詩人の作であろうとみられる。
「子夜ねえたま、からかわないでくだちゃいよ、おいらコドモなんでちゅから」
とナンパしようとしたことを誤魔化しながらもじもしてみました。こうすると、多くの女性は母性本能をくすぐられるらしいの。
ねえたまは、
「おほほ、からかっちゃあいないよ、肝冷斎」
とほほ笑みながら、頭をナデナデ。そして、琵琶を抱えて歌ってくれました。
芳是香所為、 芳はこれ香の爲すところ、
冶容不敢当。 冶容 あえて当たらず。
天不奪人願、 天は人の願いを奪わず、
故使儂見郎。 故に儂(われ)をして郎に見(まみ)えしむ。
やさしいかおりはお香のせいだし
すがたかたちはそれほどでもないかもだし
だけどお天道様はあたいの願いを聴いてくれた
あんたにここで会えたのだもの。
始欲識郎時、 始め郎を識らんと欲せし時、
両心望如一。 両心 一の如からんことを望みぬ。
理糸入残機、 糸を理(おさ)めて残機に入れ、
何悟不成匹。 何ぞ悟らん 匹を成さざらんことを。
最初にあんたを見たとき願った
二人の心よ一つになれ、と。
糸をうまく織機につなげば
一揃いの布にならないはずはないもの。
「わーい、子夜ねえたまから愛の告白〜。うれちいなー」
「おほほ、気に入ってもらえたかい」
「でも、最後のあたりでは恋の不成就を予感させてまちゅね」
「まだまだこの歌、先があるからねー」
ところが、ねえたまはこれから夜の宴席で脂ぎったお役人たちの御接待のために一曲歌わなければならないのだそうで、行ってちまいまちた。くそ、薄汚い役人どもめ。
今度、おねだりして「子夜四時歌」をフルコーラス聴かせてもらいまちょうねー。
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「楽府詩集」より「子夜四時歌」春一・二・三。(続き→25.8.6)