科学的な思考。
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五代十国の時代、最も豊かで技芸の栄えた南唐國の後主（最後の王）・李煜が降伏する際、北宋の太宗皇帝に献上した宝物の数々の中に、
牧牛図
なるものがあった。
牛を飼う姿を描いた画である。
ただ、不思議なことに、この画は、昼と夜で図柄が違うのである。
画の真ん中には欄（柵）がある。
日見一牛食草欄外、而夜宿欄内。
日に見るに、一牛、欄外に草を食らうも、夜には欄内に宿す。
昼間見ると一頭のウシが柵の外で草を食っているのだが、夜見るとそのウシが柵の中に安らうているのである。
これは妖しいものかも知れぬ。
太宗皇帝は群臣にこのゆえんを問うたが誰も答えるものがない。
と、僧の賛寧が
「どなたも話そうとしないのなら・・・」
と口を開いた。
「拙僧の聴きおよびますところ、
此海南珠脂和色画之、則夜見。沃焦山石磨色画之、則昼見。各一牛也。
これ、海南の珠の脂を色に和してこれを画けばすなわち夜見ゆ。沃焦山の石もて色を磨りてこれを画けば、すなわち昼見ゆ。おのおの一牛するなり。
南海の真珠の玉脂を絞って色絵具に混ぜ、これを以て描かれた画は夜中にだけ見える。沃焦の山中の石を硯として色絵具（の墨）を磨れば、これを以て描かれた画は昼間にしか見えない、と。それぞれの方法で一頭づつのウシを描いたものにございましょう」
「なるほど」
皇帝はたいへんお喜びなさり、賛寧の博識に対して篤く褒美をとらせたのであった。
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と、「昨夢録」という本に書いてあったが、怪しいので、わしは考えてみる。
むむむむうん。
・・・よし、考えついた。
按珠脂別無経見、沃焦山亦非人跡所能到。恐此係一時取弁応対。
按ずるに、珠脂は別に経に見ゆること無く、沃焦山はまた人跡のよく到るところにあらず。恐るらくはこれ一時の取弁に係る応対ならん。
考えてみると、真珠の玉脂などというものが他の信用できる文書に現れるのを見たことがない。また、「沃焦山」はいにしえの伝説にあらわれる山であるが、そこに至って帰ってきたひとのことを聞いたことがない。おそらく、この賛寧の応答は、いっときのごまかしに過ぎないであろう。
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と、考えていたのですが、この間、邱至綱の「俊林機要」なる書物を読んでおりましたなら、次のような記述に出くわした。
用大蚌含胎結珠未就如涙者、立取和墨、欲日見者於日下画、欲夜見者於月下画。
大蚌の胎に含みて結ぶの珠の、いまだ就かずして涙の如きもの、立ちて取りて墨に和し、日に見んと欲する者は日下に画き、夜に見んと欲する者は月下に画く。
巨大な巻貝の中に、珠が結びかけているのだが、まだ完成して貝殻に固着せず、涙のように転がっているものを取り、これをそのまま墨と混ぜて絵具を作る。昼間にだけ観たい画を描こうとする者は太陽の下でその絵具を用い、夜にだけ観たい画を描こうとする者は月の光の下でその絵具を用いるのだ。
（訳者注：「夜にだけ観たい画」と聞くだけでムフムフと幸せになってくる。・・・きませんか？）
さて、この説を知ってみると、なんだかありそうなことだなあ、という気がしてきて、上の「昨夢録」の賛寧和尚の知識もこれが少し変形して伝わったものかも知れぬ。
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と、思いましたが、またまた考えてみた。
むむむむうん。
然珠涙恐亦難得、此事究未経親試。不敢遽断其是非矣。
しかるに、珠涙恐らくはまた得難く、このこと、究むるにいまだ親試を経るにあらざらん。あえて遽（にわ）かにその是非を断ぜず。
まあ、しかし、珠が完成する前の「涙」状態のものなんて、めったに手に入るものではなかろう。ということは、ぎりぎり考えると、このことは自分の目で試してみたことではないに違いない。今のところ、正しいかそうでないか、断定するのを差し控えておく。
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と、清・梁章鉅「浪跡叢談」（巻九）に書いてありました。
こういう何の役にも立っていない懐疑的な知識、というのは、すばらしい。感嘆する。
明日も休むぞ。