平成23年7月19日(火)  目次へ  前回に戻る

 

台風が来ているそうで、いまだ四国あたりというのにむしむし度が上がっております。

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清末の兪理初先生「仏説宝雨経」を読んで、どうにも腑に落ちず、頭をひねった。

「月光天子と長寿天女のことはどこかで読んだことがあるような・・・」

考えてみる。

「たしかあれは・・・」

なにしろ信じられないほどの博覧強記なお方でございます。明代に編集された経典集「明蔵」の中から、「仏説宝雲経」というお経を探し出してきた。

仏説宝雲経・七巻 梁・扶南沙門・曼陀羅仙僧伽婆羅訳述。

(「ホトケの説きたまう宝のごとき雲のおしえ」七巻。南朝・梁の時代(6世紀)に、プナムの僧、マンダラセンサンギャバラ漢訳)

実はこの経典の中に、おシャカさまが、月光天子が長寿天女となる予言を行うことが書いてあります。それも「仏説宝雨経」の記述とほとんど一字一句違わない。

ただし、この経典には書いてなくてそれより百年後に訳されたとされる「仏説宝雨経」にだけ書いてあることが一つだけある。何かといいますに、

独無支那女主之説。

ひとり支那の女主の説のみ無し。

(長寿天女が)シナの女皇帝になる、という記述だけが無いのである。

これを見れば、宝雨経が宝雲経をもとにして偽り作ったものであること、瞭然としてわかるであろう。

一方、「大雲経」はゲンダイ(清の時代)にはその経文が散逸して伝わらないため、さすがの兪先生も本文を読むことはできませんでしたが、代わりに「旧唐書・則天皇后記」に次のような記述があるのを見つけたきた。

載初元年七月、有沙門十人、偽撰大雲経。

載初元年七月、沙門十人ありて、「大雲経」を偽撰す。

載初元年七月、僧侶十人で「大雲経」をでっち上げた。

「長安志」によれば、その首謀者は法明寺の僧・宣政であるという。これを受けた則天武后は十月、元号を「天授」と改め、国号も「周」と革ためたのである。

ところで、「大雲経」が今に伝わらないのは何故であろうか。

兪先生の考証によれば、

蓋以寺各一本、高座講説爛敗。

けだし寺おのおの一本、高座講説するを以て爛れ敗るならん。

全国に「大雲寺」を作らせ、ここに一冊づつを配備して、寺僧にこれに基づいて講義をさせた。そのため、僧侶らが勉強したり頻繁に閲覧しので、ぼろぼろに破損してしまったのであろう。

あんまり多く読まれるものは、却って遺らぬ、ということである。

さてさて―――。

「金史」によれば、金の世宗(在位1161〜90)のとき、河北・大名の僧・智究なるもの、宣言して曰く、

蓮華経中載五濁悪世仏、出魏地。

蓮華経中に載するに、「五濁(ごじょく)悪世の仏は魏の地に出ずる」と。

「楞巌経」にいう、世界には五つの穢れ・間違い(「五濁」)がある、と。「五濁」とはすなわち

○劫濁(ごうじょく)=時間が経つにつれ溜まっていく、世界そのものの穢れ。

○煩悩濁(ぼんのうじょく)=人民の欲望が溜まることによる穢れ。

○衆生濁(しゅじょうじょく)=悪逆のひとの行為による穢れ。

○見濁(けんじょく)=物事をさまざまに間違った見方をすること。

○命濁(みょうじょく)=人の寿命がだんだん短くなってくること。

これらの「濁」が窮まってきたときが、ここでいう「五濁悪世」である。浄土教でいう「末法」の語感に近い。

「蓮華経」なる経典には、「五つの間違いが極まる時代には、ブッダは魏の地にお生まれになるのだ」と書かれているのだ!

この「蓮華経」がどんな経典なのか、今となっては知るよしもないが、この予言に基づいて、いにしえの「魏」の地のあった大名の生まれである石琚という男が反乱を起こしている。

兪先生曰く

仏何由知有魏地。

仏、何によりてか魏の地あるを知らん。

「おシャカさまは、どうやって魏という地方名があることを知ることができたのかな?」

これもまたおかしなことである。

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だいたい兪理初癸巳存稿」巻十二より。

我が国の「大手新聞」という経典にもよく似たことが書かれているんですよ・・・と思いませんか。ゲンダイにおいては「仏」は「市民運動」の中に生まれる、みたいな。

―――「そもさん」

ある坊主、ひとから何か問われるたびに

唯挙一指。

ただ一指を挙(こ)す。

いつも人差し指一本を立てて示し(、それを答えとし)ていた。

これを見ていた小僧、外のひとから「坊主の教えは何がポイントなのか、いつもそばにいるおまえにはわかるかな?」と訊ねられて、やはり指一本を立てて答えとした。

このことを聴いた坊主は小僧を呼び寄せると、やにわに刀を取りだして、小僧の人差し指を切り落としてしまった。

「あ〜ん!」

痛いので泣きながら走り出て行こうとする小僧に、坊主が背後から

「おい、小僧、こちらを見てみよ!」

と声をかけた。

小僧、泣きながら振り向くと、坊主は○○をした。

これを見た小僧、

忽然領悟。

忽然(こつねん)として領悟せり。

即座に大いなる悟りの境地に至ったのであった。

―――さて、坊主はいったい何をしたのでしょうか。

 

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