今日はしんしんと頭が痛いのです。もう寝るです・・・と思って少し居眠りしたら頭痛いの治った。
よっしゃ。
しかしひと眠りした分、今から長い更新をするとまたえらい時間になってしまいます。そこで今日は「大学」の八条目の話をしようとしたのをやめまして、簡単に本日知った事実を記して終わりにします。
本日知ったのは、
かたつぶり
に関することです。
すなわち、十八世紀・江戸の越谷吾山の撰む「物類称呼」を閲したところ、
かたつぶりは必(ず)雨ふらんとする夜など鳴(く)もの也。
という記述を見出した。
「おいおい、そんなはずはないだろう」
と首をかしげます。たとえば今宵は昼間むしむしと暑く、午後から雨が降ったり止んだり、たったいまも降っておりました、という天候ですが、そんな声は聞こえない。
しかし、吾山翁のいうに、かたつぶりは、
貝よりかしら指出して打ちふり、かたかたと声を発す。
「いや、聞こえません」
と思うが、翁は
いかにも高きこゑなり。
と断言しているのである。
そして、
かたかたと鳴きて頭をふるものなれば かたふり といへる意にて かたつぶり となづけたるものか。「つ」は助字なるべし
とまで言うのである。
・・・・・・・・・・・・
「そんなはずはない」
「いや、ほんとうにそのような声が聞こえる」
「なんだと、ぎぎぎ」
「うるさい、ぎぎぎ」
「ぎぎぎ」
「ぎぎぎ」
むかし、
有国於蝸之左角者曰触氏、有国於蝸之右角者曰蛮氏。時相与争地而戦、伏尸数万。逐北旬有五日而後反。
蝸の左角に国を有するものは触氏といい、蝸の右角に国を有するものは蛮氏という。時にあいともに地を争いて戦い、尸を伏すること数万。北(に)ぐるを逐(お)いて旬有五日にして後反(かえ)る。
カタツムリの左の角に「触」という国がありました。カタツムリの右の角には「蛮」という国がありました。あるときその間の地を争って激しく戦い、戦死者は合わせて数万人に及んだ。勝った方が負けた方を追撃すること十と五日にしてようやく凱旋した。(「荘子」則陽篇)
これを蝸牛角上の争いと申しますが、いつ読んでもこの付けたしのように書いてある「旬有五日にして後かえる」の深々とした読み応えに驚きます。カタツムリの右の角と左の角の間のどこかで会戦して、そこから負けた国のある方の角の先まで、十五日以上かかる、ということが淡々と書かれておりまして、可笑しいし愚かしいし、よくよく考えると物悲しくなってくる。まことに名文というべき。
・・・閑話休題。
この二つの国のように、今日も「ぎぎぎ」「ぎぎぎ」と争いを続けるのがニンゲンのならいなのか。
わしはそろそろ卒業させてもらおうかな。