コドモの日も終わり、オトナの日になりやしたぜ。へへへ。
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江蘇・呉門の大富豪・某という方は、人柄も鷹揚で雅致に富み、誰からも慕われたひとであったが、あるときそのひとの屋敷の中の井戸から黒い霧のようなものが漂い出てきたことがあった。
巫男を連れてきてこれを見せしむるに、巫男、
「これはだんなさまに何か怨みのある者の仕業でございましょう。道士に依頼してお祓いをしてもらうのがよろしい」
と言うので、そのようにしたところ、黒い霧のようなものは消えうせた。
それから三年後、また同じように黒い霧が井戸から立ち上り、今度は屋敷の屋根にまで達した。
巫男いう、
「怨みがさらに深まったようでございます。どうぞもう一度道士をお呼びなされませ」
そこでそのようにすると、黒い霧はまた治まった。
再び三年後、また黒い霧が井戸より漂い出た。
巫男、
「これはふつうのてだてではもう防げませぬ。某道士をお呼びになるがよろしかろう」
そこで、某家では某道士を呼ぶことにした。
この某道士はその術の力は甚だしいが、高額な礼金をとるということでも有名であった。
某道士、早速至って黒い霧を見、家の内外を窺って、
法事須百金、三日可滅。但需先付其半。
法事百金を須(もち)うれば三日にて滅すべし。ただしその半を先付せんことを需(もと)む。
このお祓いには金百両を要しますが、三日で祓いきることができましょう。ただし、半額は先払いいただきたい。
そこで主人は半額の五十両を支払った。
道士は金を手にすると「ふふふ」とうれしそうに、その表面を、まるで美しい女の肌をいとおしむかのように撫で、それから懐に入れた。主人は高雅を以て知られたひとである。某道士の能力についてはこれを敬したが、その金を愛しむの姿を見て、ひそかに眉をひそめたものであった。
道士は昼間は屋敷の一室を締め切ってこれに閉じこもっていたが、日が暮れると黒い霧を漂わせる中庭に出てきた。カンテラを手にして、まじないごとを唱えながら井戸のまわりをぐるぐると歩く。何歩目かに一回、足を引きずるようにする。(「反閇」(はんぺい)といわれ、東アジアの術士たちが地を鎮めるのに用いた特殊な歩き方である。いま、力士の土俵入りにその影響がのこるという。)
深夜までこれを繰り返すうちに、黒い霧はカンテラのまわりに集まるようになった。
「ふふふ。これでよし」
道士は夜中に井戸のかたわらにカンテラを置いたままで自室に戻ったのだった。
その日の昼間中、黒い霧は火の消してあるカンテラのまわりをたゆとうていた。
第二夜。
道士は再び自室から出てくると、またカンテラに火を入れ、それを手にして井戸のまわりを歩いた。
この晩は、黒い霧はカンテラのまわりをたゆたうだけでなく、その中に入り込んでくるようになった。
「よしよし」
二晩目の夜更けに、道士は
明日須付清百金。妖始滅。
明日すべからく百金を付清すべし。妖はじめて滅す。
明日には残りの金をすっかり払ってくだされ。そうすれば妖怪は滅びましょうぞ。くっくっく・・・。
と言うたのであるが、主人は難しい顔をして、
且俟妖滅始清付。
しばらく妖の滅するを俟ちて始めて清付せん。
もう少し、妖怪が滅ぶのを確認してから、残りの金を支払いましょう。
と言うて、わずかに二十金を差し出しただけであった。
「む」
道士は険しい顔つきで主人を睨み返す。
主人は穏やかな声音とはいえ、底に怒りを秘めて、
「道士どの。われらはあなたが自室で昼間なにをしておるか、知らぬとでもお思いか」
となじった。
「・・・」
「いかに高い技術をお持ちでも不倫の度が過ぎましょうぞ」
「言うたわ」
道士は吐き捨てるように言うと、
「思い知られよ!」
と
砕灯而去。
灯を砕きて去る。
カンテラを地面に叩きつけて壊すと、ひょう、とその姿を消した。
「やや!」
屋敷の者たちが驚き怪しむうちに黒い霧はカンテラの中から噴き出し、屋敷中に広がって、また霊がむせび泣くような声が響き渡った。
やがて、黒い霧が晴れ、声も聞こえなくなってみな正気に戻ったときには、主人は中庭に倒れてすでに事切れていたのである。
聴いたところでは、道士は毎日食事もせずに部屋の中に閉じこもっているので、好奇心に駆られた屋敷の若いものがそっと覗き見をしたところ、
見有両女子侍寝。
両女子の侍寝するあるを見る。
二人の女が道士の両側に寝そべって、奉仕していたのが見えた。
そのことを聞いた主人は、そういうことには厳しいひとであったからこれをなじったのであるが、考えてみるに道士は来たときにも去っていくときにも一人であったし、道士がいなくなった後、部屋には誰も残っていなかったのである。
想能摂生魂与之狎。
想うに、よく生魂を摂してこれと狎るるなり。
考えてみるに、おそらく美しい女性の生身魂を連れこんできて、その生命エネルギーを吸収するためにおぞましいことをしていたのであろう。
この騒ぎ、もともとすべてこの道士が巫男と組んで仕出かしたことではないかとも言われたが、いずれにせよ
真妖人也。
真に妖人なり。
こういうのを、ほんとうに怪人というのではなかろうか。
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清・銭泳「履園叢話」巻十六より。
オトナになったらこの道士のような術は身に着けたいものですね。それはさておき、あちこちに妖人はいるよ。今日も記者会見していたし。
ちなみにわたくしも来週からはもう少しオトナになって、四書五経や歴史故事を中心にしたいと思います。